【大人も楽しめる童話】羊飼いの少年
ちひろは小学一年生の冬休みに,
初めて眠れない夜を経験した。
あまえん坊で,小学生になってからも
両親と一緒の寝室で寝ていたのだが,
ある日突然,お母さんに
「もう小学生なんだから,
そろそろ一人で寝られるようにならないとね」
と言われて,両親と違う部屋に寝かされてから,
眠れなくなってしまったのだ。
ちひろは夜中に何度も寝返りを打っては,
枕もとの時計の音を聞いていた。
次の夜も,その次の夜も,ちひろはなかなか寝付けなかった。
夜中に布団をかけに部屋に入ってきたお母さんは,
ちひろが眠っていないのを見てびっくりした。
「ちひろ,まだ眠ってないの?」
「うん…」
「眠れない時はね,羊が1匹,羊が2匹…って,
頭の中で数えていると,そのうちに眠れるのよ」
「ほんと? じゃあ,やってみる。おやすみ」
お母さんが行ってしまうと,
ちひろはさっそく羊を数えてみた。
「羊が1匹,羊が2匹,羊が3匹,羊が4匹,羊が5匹,
羊が6匹…。お母さんの嘘つき,全然眠くならないよ」
ちひろは途中で羊の数を数えるのをやめて,
もんもんと天井をにらんでいた。
次の日,お母さんが羊のぬいぐるみを買って来てくれた。
「ちひろ,この羊のぬいぐるみは,
眠りを誘うラベンダーのポプリが中に入っているの。
これを枕元に置いて眠りなさい」
「わあ,かわいい。ありがとう」
ちひろはお母さんから,
ふわふわした白いぬいぐるみを受け取った。
その夜,ちひろはお母さんにもらった羊のぬいぐるみを抱いて
ベッドに入った。
でもすぐには眠くならなかったので,
また羊の数を数えてみることにした。
「羊が1匹,羊が2匹,羊が3匹,羊が4匹,
羊が5匹,羊が6匹…」
結局すぐには眠れずに,ちひろは羊を数え続けた。
そして46匹まで数えた時,
突然羊の大群が目の前に現れて行進を始めた。
胸には番号札をつけている。
「びっくりした! 何,この羊たちは?
あーっ、そっち行っちゃダメ!
そこの32番、列に戻って」
ちひろは羊飼いの少女気取りで,
羊たちをまっすぐに歩かせた。
あたりを見回すと,一面が牧草地になっていて,
近くに白い柵があった。
「はい,まっすぐ歩いて。そうそう」
ちひろは羊たちに声をかけながら歩いた。
「僕たちをどこに連れて行く気,お嬢ちゃん?」
「自由に歩かせてよ。草だって食べたいし」
号令をかけるちひろに向かって,
羊たちはふてくされながら話しかけてきた。
「ダメダメ,このまままっすぐ,
私が眠りにつくまで行進してもらいます。
私だって学校では先生に従うんだから,
あなたたちもここでは私に従ってよね」
ちひろが言うと,羊たちはふてぶてしく言い返した。
「はは,何,言ってるの?」
「キミはもう眠っているんだよ」
ちひろは驚きながら,羊たちに言った。
「そんなわけないじゃない。
私はこうしてまだ起きてる…
あれ,じゃあここはどこなんだろう?」
ちひろは,もしかしたらこれは,
夢の中なのではないかと思い始めた。
羊たちは列を乱しながら口々に言った。
「ね,夢の中なんだから,
自由にやったっていいじゃないか」
「それにキミ,僕の毛からつくったセーターを着て,
そんなにいばらないでよね」
「そうよ。ちなみにそのマフラーは私の毛よ」
ちひろはびっくりして,
自分が着ているふわふわしたクリーム色のセーターと,
赤い模様編みのマフラーを見た。
「えっ,これ,あなたたちの毛で編んだものなの?
どうしてわかるの?」
「自分の毛はわかるよ」
「そうよ」
ちひろはまだ半分信じられないような気持ちで,
セーターとマフラーをなでながら,羊たちに質問をした。
「毛を刈る時,…痛かった?」
羊たちは列から離れて,それぞれ遊びながら答えた。
「それほど痛くないよ。
でも刈った後は寒いし,かっこ悪いから,
毛を刈られるのはあまり好きじゃないんだよね」
「そうよ,でも大事に着てくれれば嬉しいけどね」
ちひろはそれまで,
毛糸が羊の毛からつくられていることさえ知らなかった。
でもそれを知った今,羊たちが自分の言うことを聞かなくても,
なんとなく偉そうな口をきくのをためらった。
その時,柵の向こう側に,
自分の羊たちよりも遥かに多い羊の大群が見えてきた。
「わあ,たくさんいる! 誰の羊かしら?」
ちひろが羊の大群を眺めていると,
自分と同じくらいの歳の男の子が
羊たちを導いているのが見えてきた。
「やあ,キミは結構早く眠れたんだね。
僕なんて見て,こんなに。200匹はいるよ」
男の子はちひろの近くに来ると,柵ごしに話しかけてきた。
「えっ,やっぱり私,眠れたんだ?」
「もちろんそうだよ。
キミは46匹数えた時に眠れたようだね。
でもキミ,初めて見る顔だね。
僕なんていつも眠れないから,よくここに来るんだ」
男の子は人なつっこい笑顔でちひろを見た。
ちひろは目を白黒させながら、男の子に質問した。
「えっ,どういうこと? ここはどこなの?」
「ここは羊を数えて眠りについた人たちの牧場だよ。
自分が眠れるまでに数えた羊を,起きるまでここで飼うのさ」
「それじゃあ,ここは本当に夢の中なの?
誰の夢? 私? それともあなたの?」
ちひろは何がなんだかわからなくなって,
男の子に質問し続けた。
「僕とキミの夢だよ。同じ夢を見てるんだ」
男の子は笑った。
ちひろは口をぽかんと開けたまま突っ立っていた。
「キミの羊はわんぱくが多いね。
僕の羊たちは,おとなしいのばっかりだよ」
男の子が自分の羊を振り返りながら,ちひろに言った。
本当に,男の子の羊はお行儀がいい。
それに比べてちひろの引き連れている羊たちは,
追いかけっこをしたり,大声で鳴いたりしている。
「羊の性格は,主人に似るらしいよ。
だからキミは普段,元気な女の子なんだね」
男の子にそう言われて,
ちひろは何だか恥ずかしい気持ちになった。
しばらく二人で話をしながら,
羊たちを遊ばせていると,
牧場の地平線に太陽が昇り始めた。
「あっ,夜明けだ。
僕たちも,そろそろ帰らなきゃならない」
男の子が言った。
ちひろは「またここで会える?」と男の子に聞いた。
「二人とも同じ夜に眠れなくて,
羊を数えて眠りについたら,
またここで会えるよ」
男の子はそう言うと,
自分の羊たちに号令をかけて,
太陽の方へ歩き始めた。
「きっとまたここで会おうね!」
ちひろは,だんだん小さくなっていく男の子の
後ろ姿に向かって叫んだ。
男の子は振り返ってちひろに手を振ると,
羊に囲まれたまま歩いて行った。
その朝,学校に向かいながら,
ちひろは夢で会った男の子のことばかり考えていた。
「今夜も絶対に羊の数を数えて寝よう。
そうしたら,またあの子に会えるかもしれないもん」
ちひろは夜が待ち遠しいと思いながら,
ぼんやりと通学路を歩いていた。
すると,「おはよう」と声をかけながら,
ちひろを追い越して行く男の子がいた。
男の子は,黒いランドセルのベルトを
両手でつかんで走りながら,一瞬振り向いた。
「あっ! あなたは…!」
夢で会った少年とそっくりだった。
男の子は振り向いてとまると,
人なつっこい笑顔でちひろを見て,
「また夢で会おうね!」と言うと,
駆け足で去って行った。
男の子の背中で,
黒いランドセルが左右に揺れていた。(終)
©2023 alice hanasaki
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