Expansionの定義を考える
最近、 カスタマーサクセス(以下CS)においてもExpansion戦略を深く落とし込み、実行している組織が多くなってきた印象があります。
実際に各コミュニティイベントやウェビナーでもテーマになることが多いです。
また「カスタマーセールス」の概念も生まれてきており、より"自社にとってのExpansionを考えていく"ということが求められてきています。
そこで今回は、事例も含めてExpansionの定義を考えていきます。
※「カスタマーセールス」についてはこちらを読めばわかります。
1. { Expansion = (Upsell + Cross sell)}
基本的に「Expansion」の中身は下記の2つとなります。
※細かくみると「アドオン」なども存在しますが、それらをすべて集約された2つとして今回は紹介します。
どちらも既存顧客に対して、自社サービスの追加をアプローチしていくことです。具体的には下記となります。
まずは「Expansion」の中身を簡単に理解していただきました。
ここまでだと、かなりポジティブな印象を受けるかもしれませんがそれは少し安易な考えです。
「Expansion」に対して軽い理解で留めてしまうと、CS全体でとんでもない墓穴を掘ることになります。
2. CSの役割 = { 拡大 × 継続 }
「Expansion」を皆さんはどのように脳内で表していますか?
直訳すると"拡大"となりますが、これだけではあまりにも抽象的な言葉なので、人によってイメージが変わってしまいます。
私は「Expansion」という言葉を、各CS組織でより詳しく言語化すべきだと思っています。
※株式会社リンク社「CustomerCore」の用語集では下記のように紹介されています。
弊社では「Expansion = "拡大"」という言葉を
「Expansion = 顧客の課題解決数」と言い換えています。
重要なのは、"単価"や"サービス数"の増加ではないということです。
背景には、CSの指標となるLTVやNRRの考えが大きく関与しています。
CSは顧客を可能な限り拡大させていき、継続を維持していくことが求められます。
そして結果的には、1顧客当たりの単価や全体的なLTV・NRRを向上させていくことが指標となります。
ここで大事なキーワードは"拡大"と"継続"です。
もう少し紐解くと、
「CSとは"拡大"と"継続"のバランスを上手く保つための役割を持つ概念」
だということです。
ここが「Expansion」を考える上で大きなポイントとなります。
元々、存在している言葉だからこそあまり深く考えないかもしれません。
現に"拡大"していくことは、ほとんどの場合はポジティブなので、
「"拡大"すれば、自動的に"継続"に繋がるでしょ?」
と思っている方が多いかと思います。
しかし、それは本当でしょうか?
全ての"拡大"が、"継続"にポジティブな影響を与えることができる(= 比例する)のかをご自身の経験などをもとに振り返ってみてください。
実は私はそうでもないことがいくつか思い浮かびます。
簡単なイメージを用意しました。
顧客を下記のような四角形で表した場合、
「どれだけこの四角形の面積を広げることができるか」
これがCSの役割です。
つまり"拡大"と"継続"のバランスを上手く保つということです。
単純に計算式は、四角形なので{ 縦 × 横 }、つまり{ 拡大 × 継続 }です。
いくら"拡大"しても"継続"が0になれば、面積は0㎡、つまり"チャーン"です。
CSはあくまで顧客に
"継続"してもらうことが必要条件です。
"拡大"は十分条件です。
もし"継続"の危機に関わることがあれば、その"拡大"はネガティブな要素として実行しないという意思決定をする必要があります。
そのため、"継続"を考慮した"拡大"でないといけません。
つまり単に「顧客単価を上げよう!」としか思っていないようであれば、とても甘い考えです。
チャーンやそれ以降のLTVなども含めて全体的な視野が必要となります。
そういった経緯で、私たちは「Expansion = 顧客の課題解決数」と定義しました。
3. "拡大"が"継続"の危機を発生させた失敗例
もう少しイメージをしやすいように、実際に私が経験をした"拡大"によって"継続"の危機を発生させた例をいくつか紹介します。
① Upsellによって単価が上がり、数ヶ月後に全体的なROIがないと判断された
単価が上がるということは、その前よりも多くの効果が求められます。
つまり、利用量・範囲などが増加していかなければなりません。
「単価を上げるんだ」と意気込んで、半ば強行突破で失敗した経験があります。
もちろん、CSとしてはその状況でもROIやOutcomeを出してもらえるような動きをするべきではありますが、戦いの戦況を見ずに突撃するような行為は得策ではありません。
事前に課題感やプランを上げることで見込まれる効果などの確認を怠っていたのが原因だと分析しています。
② Upsell・Cross sell前に設定した目標値を満たせないことが数ヶ月後に判明した
Expansion時には、数値目標を立て、時間軸を含めた計画が必要です。
「どこまでやれば成功と言えるのか」を定量的に決めておかなければ、評価ができないからです。
私が失敗したのは、安易にExpansion前の結果から目標値を出してしまったことです。
結果的には、どう頑張っても届くような数値ではないということが起こり、ダウングレードとなりました。
これはExpansionだけの話ではないですが、特に導入前よりも対象顧客のOnboarding・Adoptionなどのデータがあるせいで過信してしまうことがあるので要注意です。
③ アカウント数を増やしたが、新たに展開した部門でのOnboardingが全く進まなかった
こちらも上記の2つとほぼ同様の原因ですが、そもそも展開した先の課題感やそれ以外のネック(忙しさや業務の複雑さ)を考慮できていなかったため結果的にはダウングレード(一部チャーン)となりました。
先方の決裁者や推進者となる方々の判断でExpansionが実行される際には必ずCS側で事前に新規導入と同じような扱いでヒアリングやネックの掘り下げをするべきです。
結果として先方もCSもリソースを割くことになるので、Onboardingが上手くいかずにネガティブな結果になるとプロジェクト全体がネガティブな方向に動いてしまう可能性があります。
4. Expansionの定義を考える
「Expansion = 顧客の課題解決数」と表現していますが、それをさらに細分化した定義もご紹介します。
※株式会社battonのCS組織における「Expansion」の定義
上記の定義に当てはめるのであれば、Expansionとはただの営業活動ではありません。
・Onboarding以降の顧客それぞれの課題を理解する
・導入済みの自社サービスの利用状況を確認し、追加提案をする
・Expansionによって、チャーンリスクの減少とLTV・NRRの最大化が実現される
現代のサブスクリプションサービスでは、上記を正確に実行・実現するのはCSプロセスの支援や担当者の定性的な所感などが入り混じった形で実現されています。
もちろん、CRMやヘルススコアなどでのデータ化はされている部分もありますが、それだけで語れるほど容易ではないのも事実です。
要するに、導入〜Onboarding〜Adoptionなどのプロセスのデータが必要で、それらは定量的・定性的の両方が存在するということです。
そのため、上記で得られる顧客データを使える状態にしておくことが極めて重要です。
また最近では「カスタマーセールス」という概念も存在しています。
Expansionに特化した概念のため、CSプロセスで得たデータを引き継いで顧客にアプローチしていきます。
現状では兼任でやっているケースが多いですが、これからは今のCS領域がどんどん広義になってきている傾向を踏まえると、「カスタマーセールス」は「Expansion」をミッションとする独自の概念として組織化されていくと私は考えています。
Expansion戦略を考えるようであれば、CSでもCRMまたはCSツールを通して顧客データをどのように貯めていくかということを真剣に考えていかねばなりません。
Expansionは必ず、顧客を見て追加提案を行うべきであって、「なんかいい感じだから行こう」はダメです。
データドリブンに顧客起点で提案することが必要であり、提案すべきではないときはあえてしないという選択肢を取ることでCSの最大の目的であるLTVやNRRの最大化を実現することができると私は思っています。
あくまで「Expansion」とはサクセスにおける要素の一部であり、目的・ゴールにはなりません。
顧客のサクセスを鳥の目で見て、Expansionを実行していきましょう!
それでは、また。