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25 ボンボローネマリトッツオと秋ウララ

25. ボンボローネマリトッツオと秋ウララ

   1954年(昭和29年)、ゴジラの吐く白熱光で東京は火の海になった。戦後、GHQの管理のもと消防法や消防組織法が制定されたのが1948年(昭和23年)、1953年(昭和28年)には消防組織を警察の下部組織へ移行させるという議論などがあり、消防の体制は安定してはいなかったし、消火設備のレベルも低かった。ささやかに「消火器検定制度」が1950年(昭和25年)にできたが、1954年当時は一般にはまだ消火器は普及していなかったし設置義務もなかった。普及品である「ABC粉末消火器」がメーカーから販売され出したのが1965年(昭和40年)。ましてやスプリンクラーなどの設置義務もない時代である。2016年(平成28年)年末の糸魚川市大規模火災をきっかけに、規模の大小に拘らず全ての火気を使用する飲食店に消火器設置が義務付けられたのが2018年(平成30年)である。いずれにしろ1954年の段階では火災に対する初期消火対応能力は極めて脆弱、むしろ無いという状態だった。もっともゴジラの白熱光は十万度だから、まともに浴びると消火設備自体も一瞬に燃え尽きてしまっただろう。

 麹町にイタリアンカフェのパスクッチという店がある。パスクッチはイタリアでは歴史あるカフェで、世界には25カ国に約700カ所あるのだが、日本には東京に3店舗しかない。そのHPに麹町のお店の写真が掲載されている。その写真に、入り口脇のごくありきたりの消火器が映っている。消防法どおりということがよくわかる写真である。普通なら消火器を画面から外して撮ると思うのだが、お店のスタッフがスマホで撮ったようなアットホームな感じの写真なのである。北青山と西麻布のお店の写真は洒落た可愛らしさを感じるのだが、麹町の写真は温かいいゆるさが伝わってくる。きどらないところがいい。撮影の時の風景が目に浮かぶ。「こっちがいいかな」「テーブルの上、片付けてくれる」「コーヒーカップあったほうがいいね」。などと言い合ってスマホで撮ったのではないか。撮った写真をみんなで見て、「いい、いい」「二枚目がいいよね」。消火器が写っていることで、和気藹々としたスタッフの会話まで想像できる。

 そんな麹町のパスクッチで朝9時半、朝食にカプチーノとピスタチオのマリトッツオを食べた。イタリアでは、朝から甘いものを食べるのが普通だという。カウンターで注文をして支払いを済ませ、空いていた高椅子に座ったが、テーブルと椅子の高さが合っていないので落ち着かない。店内はコンクリートの床に剥き出しの天井、木のテーブル、金属系の黒い椅子。ドライな感じで今の気分にふさわしい。カプチーノとマリトッツオが元気そうな女性スタッフの手で運ばれてくる。ビスタチオのクリームは健康そうな淡い緑色で、思ったよりは甘くない。それにしてもマリトッツオは食べにくい。手を拭きながら、そしてクリームが付いた口を拭きながら、カッコ悪くマリトッツオ食べる。マリトッツオを食べ終わったころ、あそこがいいな思っていた席が空いたのでカプチーノを持って窓際の椅子席に移った。「お水持っていきましょうか」「お願いします」。カプチーノのハートの模様はまだかろうじて残っている。この窓際の低い椅子とテーブルは今の気分に相応しく落ちつく。人さまが仕事をしている時間に窓から外を見ながら朝食を食べる。気分がいいのはこのせいだろう。今日は朝早くから二時間くらい仕事をしたから、少しくらいの休憩は許される。マリトッツオを注文したときに、粉砂糖がかかったボンボローネも気になった。甘いものを沢山食べるのに抵抗もあって目を閉じたのだが、大きなボンボローネの隣に小さなボンボローネがあったのが瞼の裏に蘇る。客が私一人になったことで恥ずかしさが薄まったのか、歳のせいで恥ずかしさが消えているのか、少し大きな声で先程の女性スタッフに向けて「すいませんがボンボローネの小さいのを一つ」と伝える。「はーい、わかりました」。すぐに小さなボンボローネが一つ、かわいいお皿にのって出てくる。一口サイズのボンボローネ。マリトッツオはパンだが、ボンボローネはパンを揚げてあって食感が柔らかい。なかにカスタードクリームが入っていて、マリトッツオより噛み心地がいい。甘いカスタードクリームがとても美味しい。マリトッツオを食べたあとだったが、一日の初めに元気をくれる甘さだ。大きいのにしておけば良かった。カプチーノとの相性もいい。カプチーノのハートは、もうぐちゃぐちゃで形が見えなくなっているが、今日は陽気に過ごせそうである。しかし、この甘い朝食をイタリア人のように毎日食べるわけにはいかない。カロリーや糖分がやはり大いに気になるところである。

 甘い朝食を食べていたら、ゴジラの体型が気になった。1954年のゴジラの身長は50メートル、体重は20,000トンである。身長に比して体重がかなり大きい。この数字からBMIを算出すると8000。極めて異常な状態である。身長から見た適正体重は55トンなので、19,945トンの体重オーバーである。糖尿病の懸念や心臓への負担を考えると、素人から見てもおそらく緊急入院状態ではないだろうか。運動で体重を落とすとすれば、医師の指導のもと中等度の水中歩行を3ヶ月間、毎日約17時間やらないといけないという計算になる。寝ている以外の時間は、東京湾で一所懸命に水中歩行しないといけないのである。

●イタリアンカフェ「PASCUCCI」・・・HPによれば、始まりは「コーヒー商人の先駆けであったアントニオ・パスクッチが新鮮なコーヒー豆を求め、はるか遠い土地へと旅に出た1883年にさかのぼります。」とあって、イタリアの中東部の人口約700人の小さな町モンテ・チェリニチョーネで持ち帰った新鮮なコーヒー豆を焙煎したという。今でも、その町に本社があるという。

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