Alt.Mizukawa

蝶が花から花へ飛び回るように、私は本から本へと遊び回ります。本の旅と現実の旅を織り交ぜて、ゆったりとした世界に浸るようなエッセイをこころがけています。著書「素晴らしき哉、読書尚友」(2021年)

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蝶が花から花へ飛び回るように、私は本から本へと遊び回ります。本の旅と現実の旅を織り交ぜて、ゆったりとした世界に浸るようなエッセイをこころがけています。著書「素晴らしき哉、読書尚友」(2021年)

最近の記事

44. 千曲川新絹のごとく光跳ね

 日本で一番長い川である信濃川は、甲武信ヶ岳を源として、佐久、上田、善光寺平を通り犀川と合流して新潟県へ続き、日本海に注いでいる。甲武信ヶ岳は甲斐、武蔵、信濃の三つの国名に因んだ山で、山名からその位置が伝ってくる。今でいう山梨、埼玉、長野の三県が交わるところである。 44.千曲川新絹のごとく光跳ね  信濃川という名前は新潟県内の呼称なのだが、長野県内では同じ川の流れを千曲川と呼んでいる。一級河川信濃川は、河川法では「信濃川(千曲川含む)」と表示されていて、国土交通省も千曲

    • 43. 春の川地と空と海めぐりゆく

      「水に流す」というのは日本の文化だという。過去のことは忘れて、関係を新たにするような時に使われる。禊という言葉もある。ヨーロッパに比べて日本の川の流れが急だから生まれたという説もあるらしい。 43.春の川地と空と海めぐりゆく  一般社団法人国土技術研究センターのホームページには、日本で一番長い信濃川は標高2,200メートルの高さから367キロメートルを経て日本海に注ぐのに対し、フランスで一番長いロワール川は、標高1,400メートルの高さから1,006キロメートルを経てビス

      • 42. 噴水の勢いで箱空を飛び

        イサム・ノグチは彫刻家だが、1970年(昭和45年)の大阪万博の時には、噴水のデザインもしていた。噴水というよりも、水と金属を使った彫刻だったのかもしれない。 42.噴水の勢いで箱空を飛び  前の万博の時に、イサム・ノグチがデザインした噴水は不思議だった。四角い箱が空中に浮いて、その箱から水が激しく流れ落ちていた。水を噴き下ろしながら箱が空に向かって飛び上がって見え、鯉の滝登りのようだった。高校生の私は「こんな噴水もあるんだ。」とびっくりしたことを覚えている。今でも、太陽

        • 41. 銀座から築地のみちにみどりさす

          高速道路に蓋をして、銀座から築地まで緑道を作る計画があるという。公園のような道、植栽やベンチやアートと一体となった歩きやすい空間になるといい。 41.銀座から築地のみちにみどりさす  東京で初めて思い出ベンチが募集されたのは2003年である。日比谷公園に100基、井の頭公園に100基、併せて200基が募集された。日比谷公園の思い出ベンチは、1903年にできた日比谷公園の百周年記念事業の一環だった。日比谷公園ができるはるか前、徳川家康が江戸に城を作った頃には今の日比谷公園か

          40. 恋人と座るベンチに春の風

           恋人同士の山と海を繋ぐのが川ならば、ベンチに座る二人を繋ぐのは離れて座った僅かな隙間か、それともその隙間を通り抜ける暖かく穏やかな風だろうか。 40.恋人と座るベンチに春の風  邦題に恋人という名のつく洋画は結構多い。中でも、パディントン駅から地下鉄で5分程の街を舞台にした1999年の『ノッティングヒルの恋人』が記憶に残っている。アナ(ジュリア・ロバーツ)とウィリアム(ヒュー・グラント)の恋物語で、ノッティングヒルの街並みをバックに繰り広げられる映画である。世間的に注目

          40. 恋人と座るベンチに春の風

          39. 森の鉄ながれゆくさき牡蠣の海

           カキツバタは食べられないが、牡蠣バターは食べられる。昨年の夏から秋のことを思い出しながら書いてみた。今年も然るべき時期に牡蠣を食べたいものである。 39.森の鉄ながれゆくさき牡蠣の海  なんと言っても牡蠣のバター焼きは美味しい。バターでソテーするとはいえ、牡蠣は新鮮でなければならないのは当然である。食べるにはまだ少し季節が早いので、平松洋子の『かきバターを神田で』を読んで我慢をした。表紙には、キャベツの千切りとパセリも添えられて照りのいい牡蠣バター焼き4個が皿に乗り、さ

          39. 森の鉄ながれゆくさき牡蠣の海

          【番外編】やっぱり美味しい! 「南無アジフライ」

           7月の終わりに、鯵の水揚げ量日本一を誇る長崎へ行った。鯵は、生はもちろん、煮ても、焼いても、揚げても、さらには叩いても美味しい。特に、暑い夏は鯵の美味しい季節でもある。私たちには身近な鯵だがヨーロッパの人たちはあまり食べないらしく、日本人が食べる鯵の不足前はヨーロッパから輸入されている。スーパーなどで売っている鯵の開きの多くはドーバー海峡で獲れた鯵だという。日本人は知らぬ間にはるか彼方から運ばれたヨーロッパの鯵を食べているのである。しかし、今日ばかりは日本の鯵、しかも長崎県

          【番外編】やっぱり美味しい! 「南無アジフライ」

          38. 業平を摺り込み嬉し白きシャツ

          業平のカキツバタは、多くのクリエイターの心を刺激した。能ができ俳句が詠まれ、絵にもなった。学者にも影響を与えた。彼の31文字は凄まじい威力を発揮したのである。 38.業平を刷り込み嬉し白きシャツ  『伊勢物語』の第九段をもとにして、室町時代には三河八橋を舞台に能「杜若」が作られ、江戸時代には松尾芭蕉も三河八橋近くで「かきつばた我に発句の思ひあり」とカキツバタを読んで『伊勢物語』に心を寄せている。慶長の時代の写本『伊勢物語』第九段には、カキツバタが咲く池に八橋が渡り、岸辺で

          38. 業平を摺り込み嬉し白きシャツ

          37. 伊勢路きて斎宮のためいき菊の露

          在原業平の和歌で他に覚えているのは、中学生の頃に習った『伊勢物語』第九段に出てくる有名なカキツバタの歌である。「からころも 着つつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」と、五七五七七の五句の頭の文字をつなげると「かきつはた(カキツバタ)」となっていて、えらく感心したのを思い出す。 37.伊勢路きて斎宮のためいき菊の露  折句というのだそうである。さらに複雑になると頭の五文字と終わりの五文字をつなげて別の言葉を織り込む沓冠という技巧もあるらしい。頭の五文字が

          37. 伊勢路きて斎宮のためいき菊の露

          【番外編】ミュンヘンでビールを飲みながら

           今年のはじめ、上海に行き久しぶりに外灘(The Bund)を訪ねた。この辺りは、19世紀末から20世紀初めに外国の租界となり、海外資本の建物が立ち並んだ地域である。今でも当時の外観のまま洒落たホテルやレストラン、オフィスなどに使われていて、不思議な異国感漂う界隈となっている。黄浦江(Huangpu River)対岸の浦東新区(Pudong New Area)に見える近代的な高層建物群との対比はフォトスポットとして格好で、多くの人がスマホやカメラを浦東や外灘の建物に向けている

          【番外編】ミュンヘンでビールを飲みながら

          36. 気早ぶる今宵のおかず竜田揚げ

          フランスの印象派の画家たちは屋外へ出て、光と影を取り込んで風景画を描いたが、日本の風景画は文字で書かれた和歌から始まった。 36.気早ぶる今宵のおかず竜田揚げ  2年ほど前、サントリー美術館で「歌枕 あなたの知らない心の風景」という展覧会があった。歌枕というのは、和歌の題材とされた名所旧跡のことを言う。例えば吉野といえば桜の名所、竜田といえば紅葉の名所というようなもので、日本各地に点在している。先の展覧会でも、一面の桜に覆われた吉野と錦秋の紅葉に染まる竜田が描かれた「吉野

          36. 気早ぶる今宵のおかず竜田揚げ

          35. 朝焼けに溶け染まりつつ波ゆらら

          青い朝顔が物悲しさのイメージに繋がるとすれば、紫の朝顔はどうだろう。三島由紀夫は、紫の朝顔を使って妹の事を書いている。いや、描いている? 35.朝焼けに溶け染まりつつ波ゆらら  三島由紀夫の短編に「朝顔」がある。朝になると花が開いて、夕方には萎んでしまう朝顔は、短い命を象徴する花である。十七歳で亡くなった妹のことを不思議な形で書いている。それとも、筆を使わずに言葉で幽玄の世界を描いたのだろうか。  「夢の中では妹は必ず生きていた。」と書いたあと「妹の顔は暗くてよく見えな

          35. 朝焼けに溶け染まりつつ波ゆらら

          34. 春風も吹き抜けてゆく破れ窓

          空き家の窓が割れている。そんな場所にも春風は吹いてゆく。暖かな季節が来ても、なぜか切ない風景である。せめて心持ちは空き家にしたくない。春風に触れて、暖かくなったと五感で意識したい。 34.春風も吹き抜けてゆく破れ窓  空き家は日本だけの問題ではない。人口政策・都市問題・税制・不動産流通など幅広い観点を含んだ世界共通の社会問題である。NPOや地方の行政が活動することは否定しないとしても、本来は国レベルが主体となって総合的な政策のもとに取り組むべき問題である。日本では建ってか

          34. 春風も吹き抜けてゆく破れ窓

          【番外編】5月の旅 ー鱧と玉ねぎ、藍と養蚕ー

           5月になって青葉を見ると、身体が軽やかになり気分が浮き浮きしてくる。旅の季節である。気の合う3人で、淡路と徳島を巡った。いろいろな場所を訪れたのだが、帰ってから振り返って見ると中央構造線沿いに旅をしていたことに気がついた。中でも、沼島と脇町のことが心に残った。 「その島は淡路島の南端に接している属島で、曲玉のようなかたちをして海中にころがっている。」  司馬遼太郎が「菜の花の沖」で書く沼島である。そして、主人公である高田屋嘉兵衛に義叔父の喜十郎が沼島のことを語っていく。

          【番外編】5月の旅 ー鱧と玉ねぎ、藍と養蚕ー

          33. 枯葉散る坂道の古家に若き人

           引き続き内田百閒から始める。東京から鹿児島に向かう鉄道旅行記「鹿児島阿房列車」。白砂青松の瀬戸内海を眺めるために、尾道で山陽本線から呉線に乗り換えたと書いている。1951年(昭和26年)6月のことである。待ち時間のあいだに駅前をひと歩きした。 33.  枯葉散る坂道の古家に若き人  「駅の前の広場のすぐ先に海が光っている。その向うに近い島がある。小さな汽船が島の方から這入って来たところである。潮のにおいがして、風が吹いて、頭から日が照りつけた。(中略)駅のすぐ前の、海を

          33. 枯葉散る坂道の古家に若き人

          32. 「気をつけ!」大手まんぢゅうに除夜の鐘

           内田百閒の生き方は、極楽的達観とでも言うのだろうか。著作を読んでいて飽きない。そんな生き方は、羨ましい限りである。 32.「気をつけ!」大手まんぢゅうに除夜の鐘  内田百閒は、故郷岡山の大手まんぢゅうが大好物だった。いわゆる薄皮饅頭である。薄皮には甘酒が入っているので、ほんのり甘酒の香りがする。岡山城大手門近くの伊部屋という老舗で売られていて、その店構えは今でも古色蒼然としていて重みがある。大手まんぢゅうは岡山の人の自慢である。『御馳走帖』のなかで百閒は「餓鬼道肴蔬目録

          32. 「気をつけ!」大手まんぢゅうに除夜の鐘