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冷静でいられる失恋なんて、失恋じゃない

脳が壊れるほどの失恋をしたことがある。

いや、「いっそ壊れて記憶を消してください」くらいまで願っていた気もする。

それだけじゃない。
「俺がこんなに辛いのに当たり前に1日が始まるなんておかしいんじゃないか」と世界にキレていた。


これは死ぬほど辛くて、生まれたときくらい泣いて、今の自分を作ってくれた恋愛話。

昨日まで当たり前に連絡を取れていたのに、「わかれたい」のたった五文字で世界の色が変わってしまったあなたに届いたら嬉しい。


出会った頃の印象は、とにかく話が合う、だった。

彼女と出会ったのは大学院生のころ。
僕は大学院から大学を変えているため、話せる人は研究室の同期以外に誰もいなかった。

そんな状況を見かねて、同期が繋いでくれたのが彼女だった。

今でも覚えているのは研究室の同期、彼女、僕の3人で飲みに行ったときのこと。

1杯199円の生ビール。
安いつまみをアテに研究の愚痴を吐いていたら、My Hair is Badの曲が流れた。

「あ、マイヘアだ」

会話がひと段落したときだったので、思わずボソッと呟いてしまった。

その瞬間だ。
彼女の顔がパッと明るくなって、

「え、マイヘア知っているの!? なんの曲が好き!?」と食い気味で僕の顔を覗き込んできた。

「グッバイマイマリーのさ、ライブ映像のやつが好きかな。あのYouTubeにあるやつ」
「え、それ私も一番好きなんだけど。あのアレンジがさ、すごい良いよね」


瞬間、同期を差し置いて、豪速球の会話のキャッチボールが始まった。

これは今でもそうなんだけど、
自分の好きなものが1ミクロまで一緒だったときの感動は言葉にできないものがある。

あの歌手の、あのアルバムの、あの曲の。
どんどん倍率を上げていっても、ピントが合ったままのとき。

あぁ出会えて良かったなぁ、と大袈裟じゃなくて思えるのだ。


それから2人で飲みに行くことも増えて、日付が超えるくらいまで邦ロックの話をし続ける日も珍しくなかった。

たぶん俺と同じように、好意は持ってくれているー。

それなりに恋愛をしてきた人生である。
なんとなく、そういう雰囲気みたいなのは察知できた。


「俺と付き合ってくれない?」


熱帯夜だったと思う。
いろはすを片手に持ちながら、居酒屋から歩いて帰る途中。

僕は告白をした。いろはすを握る力が自然と強くなり、ボトルは元の形状を保てずにいた。


「はい。よろしくお願いします」

僕たちは彼氏と彼女になった。


もともと話が合うので、付き合ってからも至って順調だったと思う。

フェスに行って一緒にライブを楽しんだり、映画館に話題の映画を観に行ったり。

どんな体験をしても同じような場所が印象に残るので、相変わらず豪速球のキャッチボールは健在だった。

ただひとつだけ問題があったとすれば、僕が怠惰だったことである。


「好き」をストレートに毎日伝えてくれる人だった。
付き合ってほどなく半同棲をしていたため、その言葉を毎日たくさんくれた。

今にして思えば、それは当たり前のことじゃない。

でも僕はその言葉に胡座をかいて、どんどんとだらしない自分を見せていった。

部屋は散らかりっぱなしで、家事だってほとんどしない。

そんな僕に怒ることはあったけれど、それでも彼女は僕の良いところを見ようとして、「好き」を伝えてくれた。


「ねぇ、たまには私にも同じように言ってよ」
「え〜だって恥ずかしいじゃん」
「もう!笑」


想いは伝えなくても付き合っていれば伝わっているはずだし、そんな恥ずかしいことは言えない。

だらしない自分を見せまくっているけど、大丈夫だろう。

彼女は僕のことが好きだから。

彼女の優しさに支えられて続いた恋愛ってことに、あのときの僕は気づけなかった。


彼女の様子が変わり始めたのは、社会人になって数ヶ月したころだった。

半同棲をしていた学生時代と違って、社会人になってからは電車で1時間半ほど離れた中距離恋愛をしていたのである。

会おうと思えば、会える距離。だけど僕は会うのをサボった。
LINEで毎日連絡は取っていたけれど、会う頻度は週1回から、月2回、月1回となっていった。

毎日のLINEも、

「今日は会社で〇〇があってさ〜」
「へぇ、そうなんだすごいね!」
「でしょ!それでさ〜〜〜〜」

くらいの温度感のある会話が、

「今日も1日おつかれ」
「うん、おつかれさま」

くらい冷たい会話に変わっていった。


いろいろな理由があったと思う。

お互いに”働く”ってことに精一杯で。
それだけじゃなくて、新しい街で生きていくのも大変で。


それでも彼女は必死に僕とのつながりを大切にしてくれていた。

「次はいつ会える?」
「ん〜ちょっとまた連絡するわ!」

「忙しいと思うけど、ちょっと顔見たいな」
「ごめんごめん、今月は厳しいから来月で」

「マイヘアの新曲出たけど、聴いた?」
「あ〜まだ聴いてなかった〜」

大丈夫。
ちょっと会わなくても、ちょっと返事がそっけなくても、彼女は僕のことを好きでいてくれる。



「話があるんだけど、今日電話できる?」

熱帯夜だったと思う。


「ごめんね、好きという気持ちが半分、別れたいという気持ちが半分になっちゃった」

なにを謝られているんだろう。

ここでしっかりと話し合えば、未来は変わったかもしれない。

でもこのときの僕は、きっと別れても、すぐにヨリを戻そうとしてくれると思っていた。

だってあれだけ、「好き」を伝えてくれていたから。

だから彼女の提案をあっさりと受け入れた。

「そこまでいうんだったら、別れよう」

瞬間、一番近い存在が、一番遠くなった。
電話を切る直前、彼女のすすり泣きが聞こえた。


アホな僕が事の重大さに気づいたのは翌日のこと。

もうずっと習慣になっている、「おはよう」を送ることができない。

当然、向こうからLINEが来ることもない。

昼ごはんで先輩が連れていってくれたランチが美味しかった。
それを伝えたくても、伝えることができない。

世界に色がなかった。

なんなんだ、これは。

今すぐにLINEを送りたい。
「やっぱり昨日のはナシにして」と伝えたい。

仕事が終わり、家に着いて、クーラーをつける。

まだ暑い日が続く。

もうダメだった。


何かが溢れ出て、声にならない声をだしていた。


あぁ、俺大好きだったんだ。

こんなふうになるまで、自分がどれだけ彼女が好きだったか気づけなかった。

いつでも好きでいてくれる?ふざけるな。
好きでいようとしてくれていただけだ。


紅葉を見にいったことも、フェスで一緒にはしゃいだことも、念願のマカロニえんぴつのライブで感動したことも。
昨日までは繋がっていたのに、今日に繋がることはもうないのだ。


昨日の今日なのに、LINEを送りたくてたまらない。
「ごめん」と「ありがとう」を声が掠れるくらい伝えたい。

マイヘアの新曲を聴いても、もう間に合わない。


気づけば日付が変わっていて、頬には涙の跡がくっきり残っていた。

その日から数ヶ月間、僕は脳が壊れるくらい失恋でダメージを負った。

会社に行く途中のバスで、イヤホンから流れたマイヘア。

僕が写真を眺めている間に
君は結婚しちゃったりするんだろうか
隣になぜか花束とタキシードでキメ込んだ
僕がいるんじゃないかって思ってしまっている

グッバイマイマリー/My Hair is Bad

彼女が元彼女になってしまったこと、僕が元彼氏になってしまったことを受け入れられなくて、通勤中に涙が溢れることもあった。

別の人にLINEを送るとき、彼女とだけで使っていたLINEスタンプが目に入って、おセンチになる瞬間もあった。

至る所に彼女との思い出がありすぎる。
ぺりぺりと思い出を剥がしたいのに、剥がせなくて、剥がしたくなくて。


オードリーのオールナイトニッポンで、
「脳みそごと取り替えたいくらい失恋で落ち込んだことがある」と若林さんが言っていた。

あれは本当だった。

僕も脳みそを彼女を知らない誰かのものと取り替えたいと本気で思った。


何度か復縁を試みたことがある。

でも彼女が首を縦に振ることはなかった。

どんなときでも優しい彼女だったけど、優しさだけじゃなくて自分の意思を大切にする強さもあった。


復縁ができないのならーー


僕は変わることにした。

万にひとつでも彼女とどこかで会ったときに、「変わったね」と言ってもらえるように。

この先もずっといたいと思える人と次に出会ったときに、同じ轍を踏まないように。


脳が壊れるくらい辛い失恋をしたとき、どうすればいいのか。

脳が壊れるくらい後悔をして、枯れるほど涙を出すのが一番いい。

「失恋をしたとき、復縁をしたいときは、一度冷静になることが大切」とYouTubeで恋愛コンサルタントなる人が言っていた。

クソ食らえだ。

冷静になれる失恋なんて、失恋じゃない。

俯瞰できなくて、主観でしか考えられなくて、会いたくて仕方なくて。
そのくらい辛いのが失恋なんだ。

その辛さをじんわりと和らげてくれるのは、やっぱり時間しかない。

後悔して、耐えて、ときどき元彼女のことを思ってしまって。

そういう時間が続くと、あるとき思い出を思い出として見られる瞬間がやってくるのだ。


いま、僕にはこの先もずっといたいと思える人がいる。

ずっといたいから、好きだと思ったときに「好き」と伝える。おやすみの前に、今日も「ありがとう」とキスをする。

胡座をかく代わりに、ハグをする。

伝えたいことは伝えようとしなくちゃ伝わらないから。


綺麗好きだよねと言ってくれるたびに、僕は反応に困る。

もう二度とあんな失恋はしたくない。
だけどあんな失恋があったから、今の僕がある。

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