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黒留袖の紋のものがたり

結婚式では、花嫁と花婿はたいそう豪華で美しい衣装をまとう。そして花嫁と花婿の両親も最高の礼装で臨むことを期待されている。先週、息子の結婚式があり、私は亡きしゅうとめの黒留袖を借りて着た。

黒留袖は、両胸元に一つずつ、背中に一つ、両袖に一つずつ、紋といわれる白い模様が染め抜かれている。昭和の時代までは、嫁入り道具として実家筋の家紋を付けた黒留袖を持参するのが通例だった。

しゅうとめも嫁入りのときに若々しい柄の黒留袖を持参した。しかし、彼女は自分の長男と私の結婚が決まったときに、黒留袖を新調したのだった。中央に大胆で洒脱な円の金刺繍。お母さんがたいへんその柄を気に入ってしまってね、奮発してやったのだよ、と、しゅうとは目をほそめて話してくれた。

私が借りることになった、しゅうとめの2枚めの黒留袖の紋が、当家の家紋とも1枚めの黒留袖の紋とも違うことに私たちが気づいたのは、数週間前のことだった。しゅうとはひどく困惑していた。2枚目の黒留袖は嫁入り後に当家でこさえたものだから、てっきり当家の家紋がついているのだと思ってた。なぜこうなっているのか、天国のお母さんに聞いてみないとわからないよ。

はたして、しゅうとめの妹が当時のものがたりを覚えていた。

おにいさんには相談したはずと思うのよ。おねえさんは、呉服屋さんから黒留袖は自分の好きな紋を付ければいいのだと言われて、迷わず実家の家紋にしたのだと、おかあさんと話してた。嫁入り道具の黒留袖と2枚目の紋が違うんは、はじめのは関西風に女紋でつくったからですよ。母から娘に受け継がれるという女紋ね。

しゅうとめは、大学を卒業してすぐに若くして昭和の大所帯に嫁ぎ、誰の目からみても大変りっぱに切り盛りした。それでも、嫁ぎ先であつらえた黒留袖に実家の家紋を染め抜き、こどもたちに当家の先祖代々の墓所に入るのはいやだと笑いながら話していたしゅうとめ。その気持ちに共感できる私なら、夫婦別姓目前という新しい時代の花嫁ともよい関係が築くことができるだろうか?






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