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アイスクリームのものがたり
年子で生まれた、ひとつ下の妹は、祖父の秘蔵っ子だった。まるでお人形さんみたいね、とだれからも褒められる顔立ちで鈴を振るように歌うことのできる妹は祖父の自慢のタネであり、かなりの引っ込み思案でおとなしすぎるということだけが玉に瑕だった。しかし、夏が近づくと、普段はあまり主張しない妹の、長いまつげに縁取られた大きな瞳がきらめく。そして、それは姉の私にもかなり大きな利益をもたらした。
おじいちゃん、アイスほしい。祖父は妹の発するその呪文に逆らうことはできない。呪文のたびにアイスクリームが1個買える分だけの小銭を私たちきょうだいの手のひらに握らせてくれた。わたしが祖父を公明正大なもっとも信頼できる大人として幼心にも認めていたのは、こういう時に秘蔵っ子の妹にだけ内緒でということは決してしないで、必ず姉の私にもアイスクリーム代をきちんと渡してくれるからだった。
祖父からもらった小銭を握りしめ、スカートをヒラヒラさせながら走っていく先は、近所のお菓子屋、高砂屋。関東大震災や東京大空襲でも焼け残った木造の小さな店はとにかくどこもかしこも黒々していた。その店先にドカンと置いてある白い大型のアイスボックスの引き戸をあけ、中を目一杯かきまわしてお目当ての一品を見つけると、いつも地味な和服を着て髪をお団子に結っている高砂屋のおばちゃんにお代を渡す。帰り道ももちろん一所懸命に走る。アイスが溶けてしまう前に家について座って食べなければならないからだった。祖父は、子どもらしいふるまいには万事寛容ではあったが、孫娘たちの道を歩きながらの立ち食いにはさすがにあまりいい顔はしなかった。
こんな夏のおたのしみ最大の貢献者である妹は、のちに私より早く結婚し子も産んで、私より先に孫にも恵まれた。そして、彼女は、幼い孫が親から毎日のようにアイスクリームを与えられている写真をLINEで見てはため息をつく、品行方正で心配性の祖母となった。いくらせがまれるからって、あんな小さな子に高脂肪高カロリーのアイスを毎日食べさせるなんて信じられない。将来の体へと悪い影響がでるかもしれないじゃない。だけど、今どき息子や嫁には強くは言えないわよねえ。嫁も悪い子じゃないんだけど、あちらが私にあまり心を開かないから。嫁には私のことばがなかなか届かないのよ。
妹の孫は近々二歳の誕生日を迎えることになっていた。その誕生日プレゼントについて、わたしは妹の決意を聞かされた。いい考えがあるのよ、今日これからそれを買いに行ってくる。
次の日だったか、誕生日プレゼントの正体が一足早く姉のわたしに明かされた。プレゼントはその子が大好きなキャラクターのかき氷製造機。いろんな種類のシロップも買って、これと合わせてゆうパックで送るつもりなの。かき氷ならアイスクリームよりはマシだからね。
わたしには、かき氷では良くてアイスクリームがダメな理由は正直言ってよくわからない。でも、確実にわかったのは、妹は自分のお人形さんみたいな二重の目か孫には遺伝しなかったと言って残念がっていたけれども、瞳から放たれる呪文の強さはきちんと孫に遺伝した、ということだった。今年の夏は、かき氷を毎日食べたくなるような猛烈な暑さが続く見込みである。