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【研究】日本人とWell-being(ウェルビーイング)
皆さんも,近年では,Well-being(ウェルビーイング)という言葉を聞くことが増えたかもしれません。私自身はカナダ留学以来,このことを主たる研究テーマとしています。当時と比べると最近では日本社会全体や企業経営においても注目されてきています。実際,先日には,大分の経済界の方々から構成される「大分経済同友会」という団体から依頼を受けて,「日本人のウェルビーイングの現状と向上策―これからの社会において求められることは何か?―」という題目で講演を行ってきました。そこでは,主に以下のことについてお話ししました。
・日本人のWell-beingの現状
・これからの日本社会では,個々人の自由な行動を認め支え合うことが重要であること
・Well-beingを高めることには,職場での成果や良好な人間関係にも繋がるといった利点があること
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では,そもそも,このWell-beingとは何を意味するのでしょうか?
カナダに留学した際にも,まずはその言葉の意味するものについて,しっかりと考える必要があることを痛感させられました。実際のところ,様々な立場からの定義や測り方がありますが,私自身は「主観的Well-being」というものの立場を採用しています。その立場からは,人生が良い状態である,理想的な人生を送っている,幸福な人生を送っていると個人が考える程度 (大石,2009) と定められています。平たく言うと,「幸福度」と呼んでも良いでしょうし,少し格好良く言うと,「個人の価値観に基づいた人生についての総合評価」となります。人によって,良い人生にとって重要なものは異なってくるでしょうから,私自身はこの考え方をもっともだと思い支持していますし,国際的な学術界においてもかなり主流な考え方です。調査でその高さを測るときには,「私は自分の人生に満足している」「ほとんどの面で,私の人生は理想に近い」といった項目にどれくらい自分が当てはまるかで回答してもらいます (Diener, Emmons Larsen, & Griffin, 1985)。心理学では,特に社会心理学,人格心理学,健康心理学などで研究がなされていて,これまでの研究では,人間関係の良好さ,経済的要因(お金),性格(外向的だったり情緒が安定していること)などが関わることが分かっています。
さて,このWell-beingですが,国際調査の度に日本人の得点はやや低めであることが示されています。これだけ豊かな国に住む日本人の得点が低い理由は何なのでしょうか?
様々な理由が考えられるでしょうが,私自身は周りの目を気にし過ぎて自らの自由を抑えてしまっていることが原因だと考えて,これまで研究を実施してきています。また,そうしたことが起こる背景の一つには,限られた狭い範囲で決まりきった特定の人たちとのみ人間関係をもっていることが挙げられます (ちなみに,多種多様な人たちと自由に交流することが推奨されている社会は,関係流動性 [Yuki et al., 2007] が高い社会と呼ばれています)。また,研究とは,元来,厳密さを求められるものです。国によるWell-beingの高低を語る際には,日本人は5段階や10段階で自分が当てはまるポイントを回答するように求められると,中央付近を選びやすいことや,自分のことを控えめに報告しやすい傾向があることにも目を向ける必要があります。私自身,そうした点を考慮した検討を行った上で,上記のような結果を得ています。
近年,日本の経済力の低下が語られる中,こうしたWell-beingの低さの問題は将来的にはより深刻な事態に発展する可能性もあります。もちろん,日本には日本の良さがありますし,日本人が急に周りの目を気にせず自由に振る舞うことができるとも限りません。しかし,そこに課題があるとしたら真摯に目を向けることが,将来的な状況の改善に繋がると考えられます。皆さんも,この日本人のWell-beingが他の先進諸国の人々と比べて低いという問題に目を向け,そして向上策も一緒に考えてもらえればと思います。今後は,日本社会全体として,個々人の自由な生き方を尊重し,お互いに支え合う,そんな環境づくりも必要でしょう。
最後になりましたが,Well-beingについてより詳しく知りたければ,以下の本を手に取ってみてください。日本語で読める本としては非常に取っ付きやすく,かつまだまだ目新しい専門的な研究内容を平易な文章で紹介してくれています。皆さんと一緒にWell-beingについてより学び,研究できる日を楽しみにしています。
【引用文献】
Diener, E., Emmons, R. A., Larsen, R. J., & Griffin, S. (1985). The Satisfaction With Life Scale. Journal of Personality Assessment, 49, 71-75.
大石 繁宏 (2009). 幸せを科学する: 心理学からわかったこと 新曜社
Yuki, M., Schug, J., Horikawa, H., Takemura, K., Sato, K., Yokota, K., & Kamaya, K. (2007). Development of a scale to measure perceptions of relational mobility in society. CERSS Working Paper 75, Center for Experimental Research in Social Sciences, Hokkaido University.
(心理学コース 准教授 中里直樹)