愛らしい未来/高原英理
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「愛らしい未来」「夢の通路」「れいめい」を収録した連作短編集。表題作は共感覚のようにあらゆるものに色や音、臭いを感じ取れるようになった主人公の話。ある時彼女は人が襲われ、怪我をするのを目撃し、その瞬間にとても綺麗で可愛いものを見てしまったことにより、可愛いものだけを見て感じたい欲求が高じて殺人を犯すようになる。人の死に際に立ち現れる可愛らしく美しい幻視は無惨な死をより際立たせる意味でも不気味で底知れない凄艶さがある。もし本当に死の幻視があるのだとしたら自分が死した時、どのような幻影が現れるのか見てみたい気もする。
「夢の通路」はわたしと他者の境界が曖昧な世界、わたしの中にいる他者との対話を描く。この作品を読むと「わたし」の思考、価値観や考えというものが決して「わたし」のものではなく、誰かから借りたものでしかないことに気付く。「本当の私」どこにもなく、誰もが他者の中に自分があり、それは丁度鏡を見て己の姿を確認するようなものだ。「わたし」という曖昧で捉えきれない存在の形を「夢の通路」は描いている。
最後の「れいめい」は言葉遊びが楽しい作品。日本語は同音異義語がとても多く、それを上手く扱って描かれているこの作品は、普段私達がどれだけ混沌とした世界に生きているかを提示する。あらゆる事物に名前をつけ、事細かに分類整理し、必要なものには関連と紐付けしてそうしてやっと私達は生きることができる。「れいめい」では言葉の持つ意味と価値、その力と作用が明確に打ち出されていて、言葉なくしては人は生きることができないのだと改めて思う。
作中に三島由紀夫の文章が引用されているが、この文章を読むと何かものを書くという行為は独楽のようなものだと思った。