短編小説 狂土人 はじまりの豚 ①
この物語はフィクションです。
ダタイタマ県の日刊新聞、《ダタイタマ新聞》
二○二六年二月十八日号に載った記事
豚の死骸
十七日明け方、河口市役所の正面玄関で豚の死骸四頭が発見された。いずれも、胴体にナイフが刺ささり、口にはウイスキーボトルが詰め込まれていたという。警察は動物愛護法違反の疑いで捜査するもよう。河口市役所は先月、スピリタスのボトルが複数本投げ込まれるという事件が発生していた。警察はその事件との関連性も含めて捜査するもよう。
その事件が起きたとき、河口市民だれ一人として驚くことはなかった。日常茶飯事ではないにしても、かといって珍しい出来事でもなかった。表にはだれ一人として出さないが、心の奥底から市民全員が望み、笑い、してやったと喜んだ。あの腐れ市長の職場の玄関に豚の死骸を置いた勇敢な者を褒め称えた。
ただ市民のだれ一人としてそのとき思わなかったことは、死傷者三千人にものぼる、狂土人一掃作戦がはじまり自分たちの寝床が血の海になることだった。
河口市役所に掲げられた横断幕
共に生きる社会
犬山組の会議室は無線機からの連絡や、テレビニュースや、朝の訓練を終えたばかりのラガーマンさながらの汗臭い組員達の活気のある話し声でみちていた。幹部の一人が犬組長に報告を終えると、犬組長は胸ポケットからアメリカンスピリットを取り出し一本くわえて火をつけた。白髪の短い髪をかきあげ、口からふぅ~と煙を吐き出した。
「音量上げろや」
組長がそう言うと組員が無線機のツマミを右に大きく回した。そのときノイズ共に一報が入った。
「河原で行方不明と思われる女児を遺体で発見しました」
活気でみちていた会議室は静まり返り、組員達は無線機に目を向けていた。組長は吸いはじめたばかりのタバコを頭蓋骨の頭頂部に擦りつけた。頭蓋骨は炭のように真っ黒になり所々ヒビが入っている。
「黙祷せえ」
犬組長の落ち着いた声に組員達は唾を飲み込み女児に黙祷を捧げた。沈黙が続き、組員達の足元に小さな水溜まりが発生しはじめた頃、組長が口を開いた。
「今年に入って何人目や」
「三人目です」幹部の一人が答えた。
「正月過ぎたばかりやぞ」
「予定を早めますか」幹部の一人が聞いた。
「予定通りや。泳がして泳がして、いくとこまでいかせて、盛大にやらなあかん。そうだろう」
「そうですね」
犬組長が新たにアメリカンスピリット一本くわえると、組員達は顔を上げ、汗を拭い各自の仕事についた。活気が戻った会議室に新たな無線が入り、組員が組長に伝えた。
「確定死刑囚三人手配できました」
それを聞いた犬組長はニヤリと笑ってスマホを取り出して電話をかけた。
この物語はフィクションです。
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