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コロナ禍のイタリア留学 《11》 苦しみの12月


12月最初のレッスン。
いつも通り朝からオンラインレッスンに参加した私は、PCの前で固まっていた。

画面に映っているのはモニカではなく知らない先生。新しい生徒も何人かいるようだ。アシーや他の生え抜きの生徒も「あれ?」という様子。

すぐに新しい先生の説明によって、彼女の名前はベネデッタで今日からクラスが初級の2に入ったことがわかった。


なんということ…!!

モニカも、モニカの授業もとっても好きで、(振り返ればたったの3週間だったけれど)毎日必死でがんばっていたのに…
何の別れもなく突然クラスが変わってしまうなんて、ものすごいショックだった!

私はあまりのショックに、席を外して泣いたほどだ。


しばらくグズグズしてから、それでも続けていくしかないので画面に戻ると、1人づつ自己紹介をしていた。

生徒は新たにドメニカ共和国とトルコから加わったほか、1週間だけで入れ替わり立ち替わり去っていく生徒もけっこういた。


このクラスでは、授業の形式もレベルアップした。

授業の後半に生徒たちだけの「ブレイクアウトルーム」に2~3人ぐらいずつで振り分けられ、与えられたトピックについて15分ほど話し合ったり、グループワーク的なものをする時間が設けられたのだ。


私はこれが嫌で嫌で仕方がなかった。

まず、先生から指示された内容があまりよくわからない。たぶん他の生徒もよくわかってない。
それでルームに振り分けられてもお互いどうしてよいかわからず、苦笑いと沈黙で終わることもあった。

おそらくここで英語が話せる生徒同士だと雑談でもして時間をつぶせるのだが、私にはそれもできない。

たまに(ほかの生徒たちにとっては)おもしろいワークがあって盛り上がったりなんぞした日にゃぁ、完全孤独なアウェイを喰らうことになる。
英語を話せない自分に憤りを感じながら、適当にヘラヘラしてやり過ごすしかない。

授業の休憩中に食べるおやつ。これは日本から持ってきた栗まんじゅうと緑茶。

このブレイクアウトルームの時間だけでも大変だというのに、さらに私の頭を悩ませたのが、スペイン語圏の国の生徒が増えたことだった。

ご存じの方も多いと思うが、イタリア語とスペイン語は文法も発音もすごく似ていて、お互いなんとなく言ってることがわかるのだそうだ。
(日本人が中華圏の漢字を見てなんとなく意味がわかるのと似てるかもしれない)

スペイン語圏の人々にはフレンドリーでおしゃべり好きな人が多く、文法がめちゃくちゃでもあまり気にしないで、思ったことを伝えたい一心で発言する。
そのため、授業のリズムを彼らがかっさらって行ってしまうのだ。

文法をしっかり真面目に勉強する日本人の私にとっては、なぜ文法ができないのにセンテンスを話せるのかが全く意味不明で、圧倒されてしまう。


ところで話は少し逸れるが、
「日本人は間違うのを恥ずかしがるから話せない」
「恥ずかしがらずに発言すればいいのに」
とよく耳にすると思うが、私はこれを聞く度にいつも大否定していた。

(私の場合は)決して間違うのを恐れてるんじゃなくて、
間違いの単語はおろか、ひとこと目がサッパリ何にも出てこないのだ!

もしかしたら本当に間違うことが恥ずかしくて発言できない人もいるのかもしれないが、恥ずかしがるより前に、実際は何が何だかわかってない人の方が絶対多いと思う。


そんなこんなで、この初級2のクラスは後から振り返っても留学中で一番辛い時期だったと思う。
11月の余裕をかましていた時期から一転、まさしく苦行だった。

授業中に、まるで卓球の愛ちゃんのように悔しさで涙が込み上げてきて席を外したこともあった。
語学は始めてから2、3ヶ月目辺りが難所だとよく聞くが、本当にその通りである。

1人で勉強していたらここでやめてしまうところだが、どんなに辛くてもレッスンは続くし頑張ってないと追い付けなくなるのでとにかくやるしかない。

残念なことに、今まで余裕だった文法もこの頃から未来形・条件法など、どんどんむずかしくなっていった。
どうしても最初はとにかく覚えるしかないことが多いので、暗記する単語もどんどん増えていった。

もう無理だ。
私の脳がこれ以上はもう耐えられないと言っている…!


念が神に通じたかどうかはわからないが、救いは休暇となってあらわれた。

12月20日で年内の授業は一旦終わり、クリスマス休暇に入るのだ!

キリストよ、12月25日に生まれてくれてありがとう。
さすがは救世主というだけある。



そんな中、トスカーナは12月7日からゾーンが黄色からオレンジに変わり、入国したときより規制が少しずつ厳しくなってきていた。
そして年末年始はいよいよレッドゾーン(=ロックダウン)が決まっていた。

家の行き来も(家族・親戚であっても)人数制限が置かれたり、
「とにかくあまり大勢でワイワイしないで、家で大人しくしててね」
という政府の厳しい御触れが出たのだ。


私としてはロックダウンだろうが何だろうが、このレッスンから解放されるなら何でもよかった。

元々おうちに1人でいるのは好きだし、フィレンツェでそれができるならむしろ楽しいではないか!


12月の残りのレッスンは、とにかく休暇を目指して日々頑張るしかなかった…



ところで、私の苦行をよそに街はすっかりクリスマスムードであった。

コロナのため少し控え目ではあるが、通りではあちこちでイルミネーションが出ている。



ドゥオモ前のクリスマスツリー。人がけっこう出てるのがおわかりいただけるだろう。


レプッブリカ広場のメリーゴーランド


フィレンツェのデパートRinasciente(リナッシェンテ)


高級パスティッチェリア(お菓子屋さん)Gilliのショーウィンドウ。



ところで、私はクリスマスの雰囲気やイルミネーションにそんなに興味はないが、イタリアのそれは素朴な温もりがあってよい。

母が同時期に東京のイルミネーションの写真を送ってきてくれたのだが、あまりに整い過ぎてて都会的で、なんか味気なく感じてしまった。

これは日比谷ミッドタウンの。

きれいなんだけどLEDのせいか、何となく現実味がないというか…


なんと言ったらいいのかよくわからないが、イタリアのは手作り感やちょっと古い感じが逆にツボで、あたたかさがダイレクトに届く感じがした。


この感じはイルミネーションだけでなく、滞在中いろんな場面で感じた印象的なことの1つで、イタリアが大好きな理由でもある。

これについてはまた別の記事でお伝えしたい。



次回は、クリスマス前に起きたちょっとした事件についてお届けします。



12へつづく

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