あらんちゃんまん。
1時間ちょっとかけて祖父母の家に向かう車の中。乗り物酔いが激しい僕は、ずっと窓から外を眺めていた。
今日の空は青いなあと思っていると、ガードレールの上にしゅたっと何かが乗り、『それ』は僕の乗っている車と同じスピードで駆けていくのが見えた。
僕の乗っている車が止まると、同時に止まり、再び動くと『それ』も動き出した。
『それ』は、僕よりもずっと小さい。僕の持っている着せ替え人形よりは大きいけど、でも小さい。
『それ』はたまにアクロバティックな動きをした。ガードレールとガードレールの間が空いているところをぴょんと飛び跳ねたかと思えば、くるくるっと空中で回る。
信号で止まっているとき、『それ』は僕の方を見て、僕に話しかけてきた。
「暇だね、あらんちゃん」
(僕の名前知ってるの?)
「もちろん。だって、あらんちゃんまんは、あらんちゃんだから」
(??)
『それ』は、自身を『あらんちゃんまん』と名乗った。僕と同じ名前だけど、後ろの『マン』のせいでヒーローっぽい名前になっている。
「お、青信号になった。ねーねー、見ててよ、あらんちゃん。もっとすごい動きしてあげる」
『あらんちゃんまん』はくるくると体を捻って回転したり、後ろ歩きをしたり、空を飛んだりした。僕は目を輝かせながらその様子をじっと見ていた。
「もうすぐで着くね。お別れだ」
(行っちゃうの?)
「会いたいと思えば、いつでも会えるよ」
車が左に曲がると、『あらんちゃんまん』はふっと消えた。車はそのまま祖父母の家のある道へと入っていく。
それからというものの、『あらんちゃんまん』は、僕のそばにいた。僕が車に乗ると、『あらんちゃんまん』は、着いていく。
窓を開けると、『あらんちゃんまん』は嬉しそうに微笑み、外へ出て、車と同じスピードで走る。
*
ある日、いつもの『あらんちゃんまん』とは違うのが現れた。
『それ』は『あらんちゃんまん』とは違い、少しどんくさい子だった。ガードレールとガードレールの間を飛ぼうとするが失敗して、僕の乗る車と距離が離れていく。でも、必死に追いかけてくる。
(だいじょぶ?)
僕は『それ』に話しかけた。『それ』は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔になっていたが、笑顔を浮かべて頷いた。
僕は『それ』に『あらんちゃんまん2号』と名付けた。
*
そういえば、『あらんちゃんまん』は晴れの日に現れやすく、『あらんちゃんまん2号』は曇りの日に現れやすい、ということに気がついた。
雨の日はどっちも見かけなかったが、代わりに、何かが後ろから追いかけているのを感じていた。そっと後ろを向くと、そこにはとても大きなのがいた。『それ』はゆっくり動いているのに、僕の乗る車と常に同じ距離を保っていた。
『それ』は、たまに横にある田んぼを歩いているのが見えた。
(おっきぃ…)
塔のように大きな『それ』を眺めてはそう思った。『それ』は、『あらんちゃんまん』のようにアクロバティックな動きはしなくて、『あらんちゃんまん2号』のようにどんくさくもなくて、ただのんびりとしていた。
僕はそれに『あらんちゃんまん3号』と名付けた。
*
祖父母の家に着くと、僕は退屈になる。父は祖父母と話ばかりしていて、僕の相手になってくれないし、兄も父と祖父母のところにいるし、大叔父もいないし、いとこも遊びに来ていないので、とても暇だ。
僕はむぅ、と頬を膨らませてから、祖父母の家を探索する。
「あらんちゃん、暇ならあっち行って遊ぼーよ」
肩に乗っているあらんちゃんまんの言葉に頷いてから、仏壇のある部屋へと行く。
「あらんちゃんまん2号も、あらんちゃんまん3号もいるよ」
(…ほんとだ。あ、あらんちゃんまん2号がこけた)
膝から血を出している。可哀想に。でも、それがあらんちゃんまん2号のいいところだったりする。
しばらくあらんちゃんまんたちのことを見ていると、
「悪嵐ちゃん、ごはんにすっぺ」
祖母が話しかけてきた。僕は頷いてから、父たちのいる部屋へ戻る。あらんちゃんまんとあらんちゃんまん2号が肩に乗ってきて、父たちのいる部屋に戻った瞬間、テーブルの上に飛び乗り、走り回った。誰も、そのことについては話さない。
だって、あらんちゃんまんたちは、僕にしか見えないんだもん。
あ、あらんちゃんまんが僕のお寿司のネタをかじった。あらんちゃんまん2号がワサビにヒーヒー言ってる。
「ごちそーさまでした」
おなかいっぱいになった僕に、祖母は、あれはいらないか、これはいらないかと聞いてきたが、僕は首を横に振った。これ以上は無理。帰りの車で吐いちゃう。
帰りの車に乗っているときは、あらんちゃんまんやあらんちゃんまん2号はすやすやと眠っている。僕も眠っている。あらんちゃんまん3号はそんな僕らを見守りながら歩いている。
家に着いた途端、みんないなくなっている。
車に乗っている時とか、退屈な時とかに現れる、僕のヒーロー。
それがあらんちゃんまん。
僕の、想像物。