02 キャパの死の場所が見つからない。
ロバート・キャパ最期の日 ベトナムハノイ近郊、タイビンに
キャパが地雷を踏んだ場所を探しに行く
Prologue 後編
1998年6月
キャパの伝記に書いてある通りに、キャパの最期の土地を訪ねるべく、ハノイから車で3時間のナムディンの町からタイビンに向かう国道10号線を、元ベトコンのクォク・チュンと一緒にタクシーで走っていた。彼は日本語通訳をしているが、かつては公安だったこともある。
途中、川幅数百メートルの紅河が国道を分断していた。そこがタン・デの船着き場だ。僕はフェリーボートを待つ間、ゆっくりと流れる紅河を眺めていた。
キャパたち一行もこの渡し場を超えたはずだと思う特別な感慨があった。紅河の濁った水。ゆっくりと流れる大きな浮き草のかたまり。ただよう泥水の匂い。川面を通り抜ける風。
僕はその場所に立ち、地図を開き困惑した。
伝記には「——ナムディンからタイビンに向かう道路に沿って、20マイ東にある、ドアイ・タンとタン・ネ ―――」
そう記されたキャパの伝記のジョン・メクリンのくだりが、地図と合わないからだ。
その時僕が持っていたのはごく大雑把なベトナム北部の地図だったが、ナムディンとタイビンの間はどう図っても20キロしかないのだ。ナムディンから20マイル(32キロ)東に行くと、タイビンをはるか通り過ぎてしまうではないか。
戸惑いながらも僕は紅河を渡り、センターラインもない簡易舗装の10号線をひたすらタイビンに向かって走った。途中右側に運河が見えてきた。道路は整備され、運河はさらに広くなた。そのまま10分ぐらい走ったろうか。いつの間にか市街地になり、タイビンの中心部に入ってしまった。道の両側には商店が並んでいる。そこにはキャパの撮った「ラストショット」の面影はまったくない。ただ途中の景色は、左側に水田が広がり、右には運河があってメクリンの記事通りだ。
その記録があることから、僕はキャパの最期の土地は簡単に見つかると思っていた。難航するとは予想外だ。
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