2024年:年間ベストアルバム
早いもので20年代も中盤を迎え、2000年代後半に華々しくデビューしたVampire WeekendやReal Estateなどかつて新進気鋭と呼ばれ登場したインディ・ロックバンドも、40代に差し掛かり僅かながらも貫禄を纏い始めたことはデビュー当時の初々しさを知っている身からすれば、時の速さに驚かされると同時に感慨深くもあります。
また、Adrianne LenkerやJamie xx, MJ Lendermanなど次世代を担うロック・バンドのキーパーソン達が、展望を開く重要な作品をリリースしたことも今後の活躍への期待が非常に膨らみますね。
後世で2024年を振り返った時には、"Chappell RoanやSabrina Carpenterを始めとする新世代ポップスターの台頭"と"PC Musicの総決算とも言える傑作Charli xcxの『Brat』を頂点にしたクラブ・カルチャーの栄華"、この2点がメインストリームの音楽シーンを語る上で外すことの出来ない重要なトピックとして語られることでしょう。
私の愛聴するインディ・ロックやフォーク,SSWは、音楽シーンの中心やセールスとは距離があり話題としてはどうしても地味になりがちですが、2024年も聴き逃すには惜しい素晴らしい作品に恵まれていましたのでご紹介させていただきます。
インディ・ロック/フォーク/SSWを中心に、この後の人生でも生涯にわたって聴き続けると確信した厳選10枚になります、一応10位から1位までランキングの形式で公開していますが1位以外にそれほど差はございません。
10.『Night Palace』Mount Eerie
これまでThe Microphones名義でリリースされたUSインディ・ロックの歴史に刻まれた永遠の名盤『The Glow Pt. 2』/パートナーであるGeneviève Castrée氏を膵臓癌で亡くした余波で制作された傑作『A Crow Looked at Me』と、私にとって少なくとも2作の掛け替えのないアルバムをリリースしています。
81分にも及ぶ大作となった今作では、娘のために歌われた58秒の子守唄から12分にも及ぶスポークン・ワード、更には似つかわしくないオートチューンまで飛び出してくるアルバム構成は一貫性など皆無にも拘らず、2009年にリリースした『Wind's Poem』で傾倒したブラック・メタルに加え、寂寥感を纏うドローン/インダストリアル/スロウコアまで混沌とも言えるほど無秩序に幅広い音楽性を取り込み、素朴なフォーク・ミュージックを基調に暴風雨の様に吹き荒れるノイズの轟音を見事折衷したサウンドは圧巻で思わず畏怖の念すら抱いてしまいます。
Phil Elverumの集大成に相応しく『The Glow Pt. 3』とも言い表せる傑作です。
9. 『In Waves』Jamie xx
"ベッドルームを出てクラブへ行こう"という世界的なパンデミック終息ムードの世相が反映されたのかは分かりませんが、Charli xcxを筆頭にFour Tet, Floating Points,Caribouと2024年は素晴らしいダンス・ミュージックが相次いでリリースされました。
その中でも私が特に好きだったのはJamie xxですね、The Moody BluesやNikki Giovanniを始め、果てはスポークンワードをクラブ・アンセムへと昇華したThe Avalanchesとの"All You Children"など、音楽への深い造詣が成せる鮮烈なサンプリング・コラージュには非常に驚かされますし、多彩なゲスト達の個性は損なわず自らの作品へと適切に落とし込む優れた手腕も圧巻です、クラブ・カルチャーを尊びUKガラージ/シカゴ・ハウスを横断する最高のダンス・ミュージックです。
今年11月27日に開催された単独来日公演でも観客を2時間踊らせ続ける最高のDJプレイを体験いたしました、前作『In Colour』収録の"Gosh"や"Loud Places"での盛り上がりは勿論のこと『In Waves』収録の"Baddy on the Floor","All You Children","Life"にも既にクラブアンセムの風格が漂っていました。
ラストにLed Zeppelinの"Whole Lotta Love"を披露し会場を盛り上げたのですが、バンドでのライブと違いパフォーマンス中に言葉で感謝を伝えることが出来なかったため、"胸いっぱいの愛を"という楽曲を通して日本の観客にメッセージを届けてくれた…のかどうかはJamie xxのみが知るところです。
Jamie xx, Romy, Oliver Simのメンバー3人が、それぞれ次なる方向性を見出した素晴らしいソロ・アルバムをリリースし終えて、こうした個々の活動がThe xxのニューアルバムにどのような形で結実するのか今から楽しみです。
8. 『Tigers Blood』Waxahatchee
元々Big ThiefやPhoebe Bridgersと並び、"フォークの新潮流"に連なる重要なアーティストとして注目を集めていましたが、近年アメリカで飛躍的に拡大するカントリー・ミュージックの攻勢において突出し頭角を現しているのがWaxahatcheeです。
キャリアの最高傑作として語られるであろう前作『Saint Cloud』に続き、よりクラシックなカントリー/ブルーグラスへと接近した今作でも卓越した歌唱・ソングライティングは全く色褪せていないどころか、現行のインディ・ロックシーンを代表するギタリストMJ LendermanとドラマーのSpencer Tweedyという優れたプレイヤーを演奏に迎えた功績は非常に大きく、より多彩な広がりを持つ様になりました。
MJ Lendermanをゲストに迎えた素晴らしい先行シングル"Right Back to It"ではバンジョーとエレキギターの重奏が織り成す美しいメロディに心を掴まれ公開されてから繰り返し聴いていましたし、アルバムの1曲目を飾る"3 Sisters"でも、2分13秒から入るSpencer Tweedyのドラムで楽曲が完成するのが分かる程の素晴らしいプレイなど数多く聴くことができます。
往年のLucinda WilliamsやEmmylou Harrisと並び、音楽史に名を残す存在になる予感がいたします。
7. 『Bright Future』Adrianne Lenker
10年代を代表するフォーク・ロックバンドがFleet Foxesならば、20年代を代表するフォーク・ロックバンドはBig Thiefです。
テンガロンハットを被ったアートワークからも窺い知れるように近年アメリカで勢いを増すカントリー・ミュージックへと僅かに接近いたしましたが、チルウェイヴをフォーク・ミュージックへと独自に解釈した室内楽的とも感じさせる静謐なサウンド・スタイルを依然として突き詰めています。
アコースティック・ギター/ピアノ/ヴァイオリンを中心とした簡素な編成により、寄り添うかのような親密な歌声と類稀なるソングライティングを一層際立たせます、完全アナログ録音で制作された今作は2024年にリリースされたフォーク・ミュージックでも屈指の傑作です。
2024年9月26日にデンマークの首都郊外にある私邸で、Nick Hakimと共に演奏されたAdrianne Lenkerのライブ映像がBrodie Sessionsの公式チャンネルで公開されており、14分程と小規模ながら大変素晴らしいライブですので是非ご視聴ください。
6.『Mahashmashana』Father John Misty
USインディ・シーンを代表する哲学的詩人Joshua Michael Tillmanは偉大なキャリアを更に前進させ、2015年の『I Love You, Honeybear』/ 2017年の『Pure Comedy』に並ぶ新たな代表作を創り出しました。
恥ずかしながら最初はJ. Tillman名義での活動を私は知らず、Fleet Foxesのドラマーとして彼を認知していたのでSSWとしてデビューすると聞いた時は驚いたものですが、そこから随分と遠くまで辿り着いたものですね。
『Pure Comedy』以降の戯曲的/演劇的な作風はそのままに『I Love You, Honeybear』で取り入れた実験的なサウンドを深化させ組み込んでいますね、ピアノやドラムビートを始めストリングスや金管楽器までもが飾り立てるオーケストレーションから、猥雑な雰囲気のラウンジ・ミュージックまでシームレスに歌いこなせるのは彼の魅力です、過剰なまでに絢爛豪華で壮大な9分にも及ぶタイトル曲はその最たる楽曲でありサンスクリット語で『大いなる火葬場』という大仰な言葉にも見合う内容となっております。
5.『Here in the Pitch』Jessica Pratt
Glen Campbellの"Guess I'm Dumb"を参照した1曲目"Life Is"を聴いた瞬間に衝撃が走ったのを覚えています。
60年代にリリースされる予定が御蔵入りになっていたカルトSSWの未発表作品がカリフォルニアの倉庫から奇跡の発掘…というニュースと共に音源だけ聴かされたら思わず信じてしまうでしょうね、またはNicoがBrian Wilsonをプロデューサーに迎えアシッド・フォークのアルバムをリリースしたかの様にも聴こえるため、突如時空を超えて届けられた存在しない架空の名盤を聴いているかの様な奇妙な感覚に陥ります。
『Pet Sounds』を頂点に、バロック・ポップ〜アシッド・フォーク〜ソフト・サイケデリックからサンシャイン・ポップやボサノヴァまで60s/70sの伝統を引き継ぐと同時に惜しみ無い敬愛を詰め込んだ気品漂うクラシックなサウンド、複雑なギターと淡々とした歌声までアルバム通して高級なトーンで一貫した構成となっていますが、終盤に向かうにつれ楽曲には徐々に影が差し込み"帝国は決して滅びない"という失望/諦観とも受け取れる歌詞も相まって陰鬱な空気が侵食していく流れは非常に好きですね。
4.『Diamond Jubilee』Cindy Lee
長い活動期間の中で音楽家の創造性が極地に到達する瞬間がある、"神懸かる"とも表現されるように時として模倣不可能な唯一無二のサウンドをこの世に創り出します。
幸運なことに音楽作品では、奇跡の瞬間はアルバムとしてパッケージングされ私達も才能の一端に触れることができますね、近年ではFiona Appleが2020年にリリースした『Fetch the Bolt Cutters』でこの域に足を踏み入れています。
そして今年2024年、カナダ/カルガリー出身のミュージシャンPatrick Flegelによるソロ・プロジェクトCindy Leeもこの領域に足を踏み入れました、リリースされたニューアルバムにして最終作との噂も囁かれる『Diamond Jubilee』は、音楽史に刻まれる名盤だという評価も大袈裟ではないと思います。
リリースしたスタジオ・アルバムは2枚、僅か5年という短い活動期間でありながらカルト的人気と高い評価を博したカナダ/カルガリーのインディ・ロックバンドWomen、そのバンドのヴォーカリストであったPatrick Flegelが解散後に始動させたソロ・プロジェクトがCindy Leeです、これまでもThe Velvet Underground直系のアンダーグラウンドなノイズ・ロックを基調にサウンドを発展させていましたが、そこから更に歩みを進め通算7作目となる『Diamond Jubilee』では60s〜70sアメリカン・ポップへの弛まぬ情景が詰め込まれています。
その歌声を一聴すれば、Mary WeissやKaren Carpenter, Nancy Sinatraを始め往年のガール・グループ/ポップ・シンガー達の姿が走馬灯のように頭の中を次々と駆け巡りますし、美しいサンシャイン・ポップから猥雑なグラム・ロック、幽玄なフォーク・ミュージックと陽炎のように揺蕩う淡いエレクトロニカ、そして郷愁を感じさせるサイケデリアまで広大な音楽ジャンルの統一と、細部に至るまで凝った趣向は凄まじいまでの信念を窺い知ることができ、The ByrdsとGary Usherによって60s後半に創り出された音楽的実験の最高峰『The Notorious Byrd Brothers』に匹敵します。
また、意図的に意識された"古典的"なサウンドはThe Caretakerも認知症の進行をテーマにした音楽作品『Everywhere at the End of Time』シリーズで見事に打ち出していましたが、Patrick Flegelが鳴らすギターのトーンからは2000年代後半から10年代前半に注目を集めたインディ・バンドであるDirty Beaches, Deerhunter, Girlsとの同時代生、ローファイな質感は90sにリリースされたGuided by Voicesの諸作からの影響を少なからず感じさせますし、ジャンルだけでなく時代による録音の質感もシームレスに横断する点も作品の全貌を掴ませません。
個人的には全編を通してサウンド・プロダクションが特異だと思っています、まるで霧の壁が何重にも重なっている"ローファイ・ウォールオブ・サウンド"とも形容できる音色は不思議で、歌声は酷く朧げなのに対して各楽器の輪郭が鮮明に鳴り響く瞬間もあり不気味さを増していますね、荒廃としていながらどこか荘厳にも感じるサウンド・スケープは、似ている作品やそれっぽい音は創り出せても模倣不可能だと思います。
暖かいベッドルームとは程遠い、何処か人知れず存在している地下室で秘密裏に録音された音源がラジオから漏れ聞こえてくるような孤高な怪しさを感じます、クレジットを確認する限り今作では同郷カナダの音楽グループFreak Heat WavesのSteven Lindが参加していますが、作詞/作曲は勿論ほぼ全てのプロダクションをPatrick Flegelが1人で務めているのも驚かされました。
最終曲"24/7 Heaven"では最早歌声も無くなり、まるで舞台から演者は消えたように演奏もブツ切りで強制的に終了しアルバムは幕を閉じます、2時間32曲の大作にも拘らずラストまで聴き入ってしまいました、Cindy Lee名義での最終作と噂されるのも納得のクオリティと幕引きです。
3.『Two Star & the Dream Police』
Mk.gee
今年最も"未来"を予感したのはMk.geeでしたね、本人が影響を公言するThe Black KeysとSly and the Family Stoneのサウンド・スタイルを継承しながら、Bon Iver『22, A Million』以降の"ベッドルーム・ロック"として破格の出来栄えです。
緻密でありながら素朴という相反するプロダクションを成立させた音像の折衷具合も凄まじく、Princeの初期作にも通ずる大きな可能性を否が応でも期待してしまいます、近い将来Dijonと共に新基軸のサウンドを創造するかもしれませんね。
MJ Lendermanの『Manning Fireworks』とMk.geeの『Two Star & the Dream Police』は両タイトル共に2024年の重要作です、どちらも方向性こそ異なりますが若きギタリストとしての類稀なる才能を見事に証明された傑作だと思います、20年代後半もこの2人の動向からは目が離せません。
2.『Manning Fireworks』MJ Lenderman
90sグランジ/オルタナ・カントリー両者を継承した圧巻のサウンドと、日常を秀逸に描写する極めて秀逸なソングライティングまでも併せ持った『Rat Saw God』という決定的な名盤を昨年リリースしたことで、20年代のUSインディ・ロックを代表するバンドとして確固たる地位を確立したのがWednesdayです。
アメリカで生活する閉塞感を克明に記した描写や些細な憤りでさえ異様な程リアルに感じられるThe KinksのRay Daviesにも通ずる稀代のリリシストKarly Hartzmanの存在も大きいですが、今年リリースされた『Manning Fireworks』を聴けばサウンドの根幹を支えているのはバンドのギタリストであるMJ Lendermanであることが理解出来ます。
Waxahatcheeの"Right Back to It"で披露された美しいメロディから唸りを上げる悠然としたスライド・ギターの轟音まで演奏のスタイルも幅広く、悠然とした立ち振る舞いや非凡なソングライティングも相俟ってJ MascisやNeil Youngなど偉大な先人の姿を思わず重ねてしまう傑作です。
1.『Only God Was Above Us』
Vampire Weekend
この作品が私の2024年:年間ベストアルバムになります、この4月5日にリリースされた通算5作目となるニューアルバム『Only God Was Above Us』によりEzra Koenig/Chris Baio/Chris Tomsonの3人は、Rostam Batmanglijのタッグによって創造性が頂点に到達した最高傑作『Modern Vampires of the City』に匹敵する作品を創り出せると証明いたしました。
Grateful DeadやPhishなどアメリカの代表的なジャム・バンドからの影響とアメリカーナ・サウンドに傾倒し、中心人物であるEzra Koenigのソロ・プロジェクトと言っても差し支えなかった前作『Father of the Bride』から5年の月日を経てリリースされた5thアルバム『Only God Was Above Us』、ベーシストのChris BaioとドラマーのChris Tomsonと共に3人組ロック・バンドとして体制を新たにし、世間一般の人々が想像する"Vampire Weekendらしいサウンド"を敢えて意識して制作し提示してきています。
それは多用される過去作のセルフオマージュや、バンドの音楽性である「アフロ・ポップ+ヨーロピアン・クラシック+パンキッシュなインディ・ロック(+ Discovery,2ndからのエレクトロニカ)」に回帰した初期3作の総決算を思わせる内容からも窺い知ることが出来ます、ただし単なる原点回帰では終わらないところこそVampire Weekendが凡百のバンドと一線を画す点でもありますね。
今作『Only God Was Above Us』最大の特筆するべき点としては、Vampire Weekendが自分達の音楽性を再度提示すると同時に、先行シングル"Capricorn"での美しいピアノ・アルペジオを覆い尽くすラウド・ノイズの轟音や、"Gen-X Cops"での稲妻のような金属音を炸裂させるエレキ・ギターからも分かるように、これまでのバンドに対するステレオタイプなイメージとは掛け離れた音色も巧みに取り入れたことだろう、Sonic Youth、Pixies、Dinosaur Jr.や今作のインスピレーションが"20世紀のニューヨーク"から受けたことを考えればThe Velvet Undergroundの2ndアルバム『White Light/White Heat』または"Sister Ray"なども当然参照元にあるのかもしれません、往年のUSオルタナティブ・ロック/インディ・ロックにとっては馴染み深い音ではありますがVampire Weekendの楽曲から実際に聴こえてくると素直に驚かされました。
軽快/穏やかなメロディに比重が置かれた今作において、このノイズ/不協和音によって楽曲に生み出される"不穏"や"重さ"は、楽曲を過度に耳障りの良いポップスにさせずシリアスなテーマに説得力を持たせていますね、衰える事を知らないEzra Koenigの目覚ましいソングライティングとAriel Rechtshaidによる細部まで拘り抜かれた緻密な楽曲アレンジ、この芸術性と大衆性を両立させた優れたバランス感覚は見事としか言いようがありません。
今作『Only God Was Above Us』の根幹的なテーマは"戦争"と"他者との繋がり"の2つだと考えています、歌詞の大部分は2019年〜2020年の間に書き上げられていたようですが、現在でも続くロシアによるウクライナ侵略やイスラエルによるガザ大量虐殺も示唆する内容となっている、また今作では武力的な衝突だけではなく世代間・人種間・階級など様々な対立による"戦争"が歌われています、また歌詞内には"柱"・"電話"・"送電網"・"ケーブル"など"他者との繋がり/関係性"のメタファーが数多く登場しそれぞれの状態が語り手の状態を表現しているのでしょう、2013年にリリースされた3rdアルバム『Modern Vampires of the City』同様、誠実さとシニカルな表現を交えながら暗澹としたシリアスなテーマを作品通して見事描き切っていますね。
吸血鬼の進む道に幸せがあることを願っています。
文末までお読みいただき、ありがとうございます。