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【#20 幸福】幸福イメージ塔

「こんな風にじゃがりこを食べている人に不幸が降りかかるはずがない、と自分に言い聞かせた」

劇団、本谷有希子『本当の旅』のこの台詞に、マスコミやメディアが報じるニュースに対して「もっと大切なことが山ほどある中でなんでそんなゴミみたいな情報しか与えないんだ」という薄気味悪さを思い出した。
 
クアラルンプールを訪れた三人を乗せたタクシーが、知らない郊外の暗闇に突き進み、スコップを抱えた男と、会話を無視するドライバーに囲まれた車内には明らかに死の気配が漂う。それなのに、"楽しい"様子をSNS用に撮影することでしか旅行の意義を見出せない三人は、現実を受け入れる方法を失ったかのように、じゃがりこを開け、スピッツのチェリーを合唱する。ようやく怪しい現実を認め合ったグループライン上の密談も「笑」とスタンプを送信しあう。
本谷有希子は、救わない。芝居は走馬灯で終わる。
 
楽しく振舞えば、微笑みを浮かべれば、余裕を演出すれば、悪いことは起きない。迫りくる最悪の現実も、知らなければ脅威にさえなりえない。幸福は続く。
それに対するノーだ。
 
オードリー若林が、今村夏子『むらさきのスカートの女』の感想をインスタに更新していた。ラジオでもよく言う『しくじり先生』をベースにした話で「他人から見たどんな愚行も、当人からしたら合理的な選択であったり、習慣となっていたり、時には正義がベースになっていたりもする。「よし、しくしるぞ!」と決意してしくじる人はなかなかいない。(中略)だけど、その愚行を正当化する行為の積み重ねがグラデーションで徐々に濃くなって、ある日しくじりとして突然目の前に現れる。(中略)それを描くには相当な他者への想像力が不可欠で」今村さんはすごい、と。
 
『本当の旅』もこの種の想像力が働く話だと感じた。
「タクシーを降りよう!」「逃げよう!」「怖い!」
何一つ言えない“自由”な主人公たちを見て思う。
 
こんな無理難題を押し付ける上司がいる。自分のスキルをやりがいで搾取しようとする団体がいる。客の態度が、店員の態度がひどすぎる。
そんな話が散見する現代で、「だから辞めてやったんだ!」「断ってやった!」「二度と利用しない!」という決断は「タクシーを降りた!」「逃げた!」と同じ意味を持つのか。
根本へのノーを宣言したことにはならないんじゃないか。“楽しい”を演出したクアラルンプールの観光客のように、“怒り”を演出する日本人に、気づかないうちになっていないか。

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ネタツイや演説やお笑いのノリや、ある程度の型がテンプレと言っていいくらいに墜落している中で、人の武器は想像力とイメージだと思う。
「人にはそれぞれのイメージがあって、例えば「光」と言ったとき、それを言葉としてイメージするか、映像か、色彩か、科学か、全員違うじゃん」そう言われた初めての経験を今も覚えている。

イメージは違う。でも伝染する。一致していなくても、自分の中のその存在を確かめた事実があるだけでいい。それを「景色」と言ってしまうとテンプレなライブMCみたいだけど、一歩も引き下がらずにそれを認めれば、いい調子だ。

"楽しい"は撮影して編集してSNSに投稿すること。以外のイメージを掘り下げることができたら、彼らは死ななかったはずだ。

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君の「幸福」のイメージが塔だとしよう。
『ニムロッド』か、『少女終末世界』か、最近見た何かしらの影響があるのかもしれないから、塔のてっぺんには失敗作の飛行機に溢れているかもしれないし、何もないかもしれないし、綺麗な革張りのソファと光り輝くバーカウンターが見えるラウンジがあるかもしれない。
それは全部イメージ。自由でいい。

これじゃダメだ。それじゃ意味がないんだ。そう言うのは簡単だけど、こうじゃね?って言ってくれる存在自体が"幸福"かもしれない。"angel"かもしれない。
それは全部イメージ。いい調子で居続ける。

(オケタニ)

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アララ
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