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8月9日 モノより概念のわが国において、モチベーションは難しい

8月9日ですね。

今日は79回目の長崎の原爆忌ですね。

今のところ、核兵器が実戦で使われた最後の場所がこの長崎です。

広島には原爆ドームと言う負の世界遺産があります。が、長崎には原爆ドームに相当するものはありません。

かつては浦上天主堂がそれに相当する候補だったのですが、教会側、信徒、当時の長崎市長やアメリカの思惑が、原爆で破壊された廃墟を壊し、新たに再建することで決着しました。

浦上天主堂に行ったことのある方は知ってるかもしれませんが、浦上天主堂の廃墟の一部は今もまだ残っています。

当時の天主堂の鐘楼は原爆の衝撃で転げ落ち、そばに流れていた川の横で長年放置されていましたが、今は整備され、原爆の威力の苛烈さを偲べる場所になっています。

当時の長崎の皆さんの判断をどうこう言う資格は私にはありません。

ただ一つ言えるのは、いくら写真や文章の資料が残されていても、建築物・建造物は、私たちの心にある心理的な効果をもたらします。

現実味を感じるといいますか。

一方、今日のYahoo!ニュースで日本の家屋の問題が提起されていました。https://news.yahoo.co.jp/articles/bba52b331d8105757b4e9104c7e914a9f8056b77

要するに、日本の資産形成において家屋の価値が低いのは、日本の住宅はそもそも短期間でスクラップアンドビルドされるためという趣旨です。

災害大国であるわが国では、形あるものはすぐに壊れます。そのため、物に対する執着は薄い国民性が養われてきました。三種の神器がそうであるように、モノよりも概念を重んじる傾向にあるようです。

しかも今はデータが重んじられらようになってきています。ますます物への執着はなくなっている気がします。

にもかかわらず、経済成長はピークに達し、物が溢れました。物が溢れたのに概念に重きを置く国民性。そのギャップが現れたのが、今のわが国の目的を失った宙ぶらり感の原因ではないかと思います。

今の若い人たちを見ていて、どういうすればモチベーションアップになるのだろうと言うことをよく考えます。

もう、物は充分にある。しかも物に執着しない国民性である。

データで欲求はある程度代替できるけれど、データも所詮ははかないものと本能でわかっている。

会社自体、概念の塊です。組織やムラ社会を重んじるわが国の文化は、その国民性の表れです。

ただ、データにはその帰属意識を満たせないため、リアルな出社が優先されます。

そういう状態において、モチベーションとは一体どこに設けてあげるべきなのか。

単に生計を保証する場から、次のレベルにどうやって引き上がれば良いのか。

リモートワークを主とし、本社事務所を持たない弊社の弱点なのかもしれません。

わが国の国民性を考えつつ、もう少し自分なりに深掘りしてみたいと思います。

ありがとうございます。 弊社としても皆様のお役に立てるよう、今後も活動を行っていこうと思います。