頼むから興味ないならシアターに入らないでくれ

 五月一日の朝、僕はエンドゲームを観に行った。いい映画だった。

 十年間育ち続けた木が遂に果実が実った。その果実をかじって笑う者、落涙する者、憤慨する者……反応がそれぞれだ。僕はここで映画の感想を語るつもりはない。これはいつものLAのスポイラーがイキってネタバレする記事ではないので安心していい。そしてもう一つ言っておく、僕は今、自分でも驚くほどにキレている。

 その原因は目に前の男だ。エンドロールが終わり、シアターから出てから、目が彼から離れることがなかった。こいつは何者なのか、アクズメをいじめていたBULLY?家族の仇?放っておくと未来でとんでもないヴィランになってしまうヤバい奴?いや、どっちでもない。だだ僕の隣席に座っていた、ただの男。

 映画中に頻繁にスマホを出して見ていたけどな。

 こいつは戦闘シーン以外でポケットからスマホを覗いて、LINEやFACEBOOKでチャットし、たまにとなりのガールフレンドらしき女にスマホの画面を見せてなんか話していた。彼はヒーロー映画に対して大した興味がなく、彼女に連れられてシアターに入ったのではないかと僕は推理した。

 だがそれは映画中にスマホを出していい理由にはならない。

 スクリーンと路線を示す僅かなライトしか明りのないシアターないでは、それ以外の光源があったらどれほど目立つか、映画経験のある者ならお分かりだろう。それが30㎝もない距離であればなおさらだ。そのため僕はストーリーに上手く入りこめず、しょっちゅう集中力が引かれていた。

 エンディングに感動を覚え、シアター内のライトが付いた時、感動とかけ離れた感情が沸き上がった。何をしなければならない。僕はそう思い、奴を追跡した。

 三時間の映画だったんだ。出場した人間は大体トイレに向くもの。奴も例外ではない。後を追う。奴はすでに気持ちよさそうに放尿していた。さて、どうするものか。とりあえず大人らしく話し合いから始めよう。

「おい、アンタ。映画中にずっとスマホ見ていたよな」

「……なんだ?」

 放尿姿勢のまま男は振り返り、不審げに言い返した。そうだな、排泄中しらない男に話しかけられたもんな。

「なぜ映画中スマホを見たんだ?眩しくて映画に集中できなかったじゃないか」

「ちょっ、なんだよお前いきなり?」

 男は慌てて手を動かした。尿道に残っている液体を振り払っているな。

「なんなんだよお前、何がしたいんだよ?」

 ようやく用が終わった男は正面で僕に向かう。長袖のデニムシャツ、下は濃紺の短パン。メガネを掛けている。僕と年が近いようだが、全体的に線が細い、骨ばった手の甲と指、生まれてから一度も鍛えなかったような薄い胸板、スペックでは僕のほうが圧倒的上だ。やれるぞ。

 やれる?

 何を?

「何をやりたいんだお前は……公衆の場でよ。退かないと警察をよぶゥッッッッッ……」

 鳩尾に拳を受けた野郎は前にかがんで、床に膝ついた。

「ぼえっ、こぽ……おえええええ!」

 そしてポップコーンとコーラ混じりのゲロを吐きだした。くそ、靴に着いたじゃねえか!

「自分が何かやったかわかってんのか?」「はぅ……ふげ?」

 自分の腹を抑え、口もとにゲロが残ったまま僕を見上げる野郎。きっも!まずまず腹が立つわこの野郎!

「かわってんのか!」「がはっ!」

 上から殴りつける、野郎は壁にぶつかった。

「オラァ!僕に謝れっ!」僕は暴力に興奮し、震えながら言った。「ごめんさない、もう二度と映画館で携帯を使いませんって言え!」

「ぐぅ、う……」

「早く言え!もっと殴られたいのか!?」

 僕はしゃがんで野郎と同じ高度になり、拳を握りしめて見せた。その時だ。

「わあああああああー!!!」

「ウッ!?」

 奴は突如発狂したみたいに僕に飛びかかった、その衝撃で僕のメガネが落ちて、重度近眼の僕の世界がぼやけ、すべてが靄かかったように見えた、でもこれでよし。

 野郎のゲロまみれた顔を見なくて済むから。

 高速に脈動する心臓生じる血流が全身に渡り、細胞に活力を注ぐ、アドレナリンが分泌し、快楽とも憤怒とも捉えられる感情が脳を支配する。周囲が暗くなり、キーンの耳鳴りしか聞こえてこない。今、僕の視界に居るのは目の前のぼやけた映画中スマホ覗く野郎だけだ。

 のかかってくる野郎を力づくで突き飛ばし、逆にマウントを取り、何度も何度も何度も拳を振り下ろした。無酸素運動で肌肉が疲労し、肺が爆発しそうだ。手の動きを止め、世界がだんだんと元の明るさに戻り、音も聞こえてきた。拳の皮が擦り剝き、腕の関節が熱く腫れている。そして野郎は顔が血まみれで、動かなくなった。

 やってしまった。中学頃いじめていた時からずっと秘めていた殺人欲、今日この形で叶えたなんて。爽快感と開放感、そして後悔が行き来した。なにもこんなクズのために未来を葬るなんてないだろと心のどこかで思っている。ごめんなさい母さん、フォロワー。アクズメは終わる。

 周囲を見ると、トイレ内に警備員らしき厳めしい男以外に人がいなかった。おそらく通報を受けてここに来たんだろ。というかなんで止めなかったんだ?警備員なら格闘技経験のない僕を簡単に組み伏せるでしょう?それとも僕は強すぎて介入しない方がいいと判断した?まあどっちでもいいか。

「抵抗はしません」僕は立ち上がり、警備員に言った。「どうぞ逮捕してください」

「いや、あなたを逮捕しに来たんじゃない」警備員が近づき、映画中スマホ覗く野郎の死体を持ち上げた。「ほら退いた退いた」

「えっ、はい」僕は言われたまま道を譲った。警備員は死体を担ってトイレの一番奥の壁を押して、引いた。するとダストシュートめいた隠しドアが現れて、警備員は死体を中に滑り込ませた。

「これで完了。あなたも帰りなさい」

「いや、その」一部始終を見た僕は黙らずにはいられない。今彼がやったこと、間違いなく証拠隠滅だからだ。「なんでそんなことをしたのですか!?僕は人を殺したんです!制裁を受け……」

「あんたは勘違いしている。奴は観映法を破った。法により、映画館敷地内に居る限り、誰でもそいつを狩る資格がある」

 入口から掃除道具を持った清掃員たちが僕と警備員を気にせず、床に水を撒き血を洗い流し始めた。

「どういうことですか?観映法って」「法律すら凌駕する、映画館のルールさ。一応秘密でね。あいつは本来、俺が殺る予定だった。おかげで手間が省けたな、ヤングマン」

「あっ、はい」

「とにかくあんたは罪悪感を感じる必要はないぞ。映画すらマナーを守れない人間はクズより無価値だからな、むしろ正しい行動をとったことに誇りを持て」

「そ、そんなんですか……」

「そうなんだろ!ほら、帰った帰った!」

 言われるままトイレを出た僕。向こうの女子トイレからも女性の警備員が出たところだった。

「あっ、先輩お疲れ様!」「疲れてないよ、民間人が手伝ってくれたんだ。そっちはどう?」「はい、女の方はベンキに叩きつけて(ト)りました!」「さすがだね」

 物騒の話を聞き流しながら、僕は映画館の出口に向かった。そうか、観映法か、いつの間にいい物ができたもんだな。映画館内限定だけど、これで世界が少しマシになっていくはず……

 と、妄想を発散しながらキーボードを叩く今日の夜。いやぁ、毒が吐けてスッキリしたぜ。

 これできみも映画中スマホの危険性がわかったはずだ。他人のため、自分のため、スマホはポケットに入れたままか、かばんの中に納めてください。マジでお願いだ。あと、相方がその映画に興味ないなら無理矢理同伴させないでくれ、皆にとって不幸の結果にしかならない。

 ああ?なに?映画中の通話と通知音を出すのがNGはわかるけど、見ることは禁じられていない?勝手に新しいルールを作るなだって?

 きみのいいたことが分かった。十分に理解している。その圧力と暴力に反抗する心構えはすばらしい、ジーザスはきっときみを許してくれるだろう。

 だが私はジーザスではない(どでかいボウイナイフを取り出す)。

この記事はフィクションです。アクズメは殺人者ではありませんし観映法は存在していません。

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akuzume
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