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[食のイノベーション]言語聴覚士の読書~フードテック革命~

病院ST(言語聴覚士)が読んだ本を咀嚼し嚥下する。リハビリセラピスト×ビジネス、時々短歌、自己啓発本の読書感想文。

[直接の嚥下訓練始めましょう、ゼリーかムースかとろみ水か]

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はじめに[私と食×]


「食べることと話すことが好きだからです」これは大学入試、実習、就職先、その他あらゆる場面で「どうしてSTを目指したの?」と問われた時の私の答えだ。高校生の頃進路を決めるにあたりあらゆる医療職をチェックした。言語聴覚士という食べることとコミュニケーションのリハビリテーションの専門家を知ったとき、これだと思った直感で私はその後の人生の軸を作っている。家庭を持ち、料理を振る舞うことも、外食をすることも大好きだし、仕事においても常に患者様の摂食嚥下について考えている。食事はただの栄養補給ではなく、好きなものを食べ、団欒し、その時間を楽しむことが多くの人間の生きがいであることを、すべてのSTは身をもって感じているだろう。体に不自由を抱えても、歳を重ねても、食の時間を楽しむ、そんな尊厳を支え寄り添うことがSTの専門性かつ誇りである。

[ フードテック革命 外村仁監修 田中宏隆他著]


本著では生産から消費まであらゆる「食」の流れの中で存在するイノベーションと、それをもとに展開するビジネスについて紹介される。「食」を取り巻く社会状況やテクノロジーについては無知であったことから、多くの学びと発見に繋がっていった。

ーーフードテックは手段にすぎず、そのあるべき目的は、「食および調理を通じて、生活者と地球にとって明るい未来を創り出すこと」

人口増化に伴うタンパク源が枯渇するプロテインクライシスという問題。現状の畜産はすでに土地も、飼料や水や空調管理といったエネルギーも限界を迎えている。通常の肉食の人を支えるためにはヴィーガンの18倍の農地が必要とされる。この切実な環境問題への警鐘はすでに身近となっており、代替肉が一般化する未来がそう遠くないものであると感じさせる。
生活習慣病に対応するための医食同源をサービス化したスーパーも誕生している。心身の状況や DNAから個人の健康に最適な食材を選択する手助けをしてくれるというものだ。
さらに、食自体の多様な価値を再定義することで、人々を心身ともに豊かにするという大きな役割を有している。食に求める価値として、日本人はリラックスや健康、楽しみたいというニーズが大きいことも紹介されている。
このような食を通した課題解決や個人の自己実現に、様々なテクノロジーが導入され、新しい時代の転換期であることを感じさせる一冊だ。
ただし、生産から加工、購買、調理、消費に向けて食を構築するバリューチューンは、効率化から分業化が進み、人々を豊かにするはずだったはずの目的は、企業の利益に重きを置くシステムに変わってしまったと述べられている。企業が利益最大化を求めるのは当然であり、それは従業員を守るという正しい行動規範だ。しかしそれが社会全体でのフードロスや生活習慣病の推進等マイナスインパクトを生み出している。今後はこれらの問題と対峙していくサステナビリティなビジネス展開により、食の新しい価値提供が重要視されてくるといえるのだろう。


考察[選択で尊厳を高める]


食は誰にとっても切り離せないものだ。それぞれがそれぞれの価値を見出し、毎日享受する。食に無関係な人はいない。「地域」×「食」、「宇宙」×「食」、様々なビジネスチャンスとイノベーションが生まれる可能性を秘めている。「食」×「リハビリ」はSTの職域を拡大させた。摂食嚥下機能への着目も、機能向上を支える栄養学の視点も主流となっている。そして、私たちSTが常に対峙している掛け算は「食」×「尊厳」であるだろう。STの眼前に広がる地平だ。豊かな生活に向け尊厳を回復させる、これはリハビリの根元のテーマである。障害された機能を取り戻す、動作能力を回復させる、ADLを改善させる。そして QOLを高める。QOLとはなんだろう。Wikipediaでは『生活の質』のことを指し、ある人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているか、ということを尺度としてとらえる概念と説明される。では幸福とはなんだろう。このあまりに哲学的な問いではあるが、行動分析学や学習心理学でいえば「正の強化」の状態と言えなくはないだろうか。「強化」とは行動が繰り返されている状態だ。「強化」には「正の強化」と「負の強化」の2種類ある。行動の結果、自身にとって好子=好ましいもの、ことが提示されれば行動が増える、これが「正の強化」である。行動の結果、自身にとって嫌子=嫌なもの、ことが消去されれば行動は増える。これが「負の強化」である。対外的にみればどちらも行動は増えてはいるが、その質は異なる。例えば中堅セラピストが「学会で研究発表」を繰り返しているとする。これが、発表により学びに繋がる・スキルアップを実感し継続しているのなら「学会で研究発表」は「正の強化」されていると言える。しかし、発表しなければ上司から叱責される・評価が下がるためなら「学会で研究発表」は「負の強化」されていると言える。行動が同じでも、どちらの状態を幸福といえるかは明らかであろう。では「正の強化」を実現するためにはどうすれば良いのだろう。その一つに、行動を自ら選択できる状況であらねばならないと考えられる。先の例でいえば、スキルアップを望むときに「学会で研究発表」が可能なだけの、臨床への取り組みや、臨床を整理できる高い思考力を有していなければならない。スキルが無ければ行動は選択できない。これはリハビリでも同じである。1日の楽しみである間食の機会に、摂食嚥下機能の低下により「ゼリー」しか食べられない状態と、摂食嚥下機能が十分のため「ゼリー」も「ケーキ」も「せんべい」も選択できる。個人が主体となって自分で行動を選択しその結果好子を得る、これが幸福の一つの定義であるのではないだろうか。現在、嚥下食の進化は目まぐるしく味も食感も優れた多彩な商品が展開されている。STが嚥下機能向上を促すのも、多数の嚥下食の開発も、すべては対象者の「食の選択肢を増やす」ことに繋がる。であれば、私たちセラピストは眼前の臨床の技術を進化させていくことが「食」×「尊厳」のイノベーションではないだろうか。

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