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「自分が生き生きできる評価軸で頑張ろうぜ!」って話!
やっと。私の中のモヤモヤが晴れました。
スタートラインに立った気がします。
※AIアートにハマったので、挿絵をAIアートにしました
可愛いでしょ😀
私は実践者じゃなかった
定期的にモヤモヤを抱えていました。
イベントを終えて、クオリティにフィードバックをもらった時
75点で何かを出すのを批判された時
どうやってビジネスにするのか聞かれた時
私はいつも
「いや、言ってることはわかるんやが
なんか腑におちん!!」
と思い続けてきました
やっと謎が解けました
私は、根本「実践者」ではなかった
実践者は「良いものを作る」が評価の主軸になる人だとしましょう
面白いアイデアや夢中になるコンテンツを見つけようとすると
学校で勉強を強いられてた時の感覚だった
アウトプットの質にフィードバックをもらうと
テスト後の解説授業を受けてる気分だった
でも「良いもの」を作るためには
逃げちゃダメなところなんだ
と思ってました
確かに、「良いもの」を作るためには絶対に必要
だがしかし。だがしかし!!!
私が求めてるのは
「良いもの」を作ることじゃなかった
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私は哲学者だった
モヤモヤが解けるタイミングは、今思い返したらいくらでもあった。
社会人1年目のときに、非デザイナー向けのデザイン基礎イベントをやった。
すごく好評で「次回も期待してます」って言ってもらったが
納得できていなかった
当時よく話していた後輩に
「だって、あれは谷井さんにとって
【実験イベント】ですよね?」
って言われた
そう、私にとってイベントは「実験」だった
最近やっと結論に辿り着いた
私は「哲学者」だった
哲学者は「本質がわかったか」が評価の主軸になる人だとしましょう
私は「良いもの」を作りたいからイベントをやってる訳じゃなくて
「本質」を知るために、イベントをやっていた
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私が知りたい本質とはなんなのか
「自分らしい」を発見・実現・継続できる汎用的な方法が知りたい
この答えを知りたくて
細々仮説を立てて、イベントに落とし込んで実験していたのだと気づいた
イベント終わり、私は
誰がどう変わったのか、どうして変わったのか、別の方法だったらどうなってたのかを知りたい
だから「良いもの」を作るための行動は苦痛で
「人が変わる瞬間」をイメージして実践して寄り添うのは苦ではない
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ここまでわかって言いたいこと
①断じてイベントが嫌いなわけではない
根底、イベントも人も大好きだ!!!!
むしろ好きすぎて、その本質が知りたい
どうしてあの時あの表情をしたの?
どうしてあの出来事で自主的に行動できたの?
どうしてあのコンテンツが好評なの?
提供するフードのクオリティを全任せしてしまう
装飾の質・世界観を深く語れない
イベントの規模拡大にモチベが向かない
イベンターとして考えると
致命的のこだわりの薄さだ
でも私はイベントが大好きな上で
イベントを通して仮説を実践して
「本質」を知りたい
「哲学者」なんだと思ったら随分と楽になった
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②人間をやめたい、限界が憎い
問いは永遠出てくるし
答えの探し方は無限にある
なるほど。かなり大変なことになってきた。
私は結局何を知りたいのか、とりあえず書き出してみたら
根底の仮説・疑問だけで100超えた
これを全部自分の中で定義したいんだと思ったら
途方もなくて「えぐー」って思いつつ
「一生考え続けてたい。脳みそが疲れなければ良いのに。」
って人間としての限界が悲しくなった
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③これからどうしますか
「実践する哲学者」になろうと思う
っていうか、元からそうだったんだと思う
私は自分の「答え」を探すためにイベントをする
「自分らしい」を発見・実現・継続できる汎用的な方法が知りたい
これを、何十年かけて実践していく
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寄り道:どうしてSNSをやるのか
Instagram、note、Xなどなど
私はいろんなところでずっと何かを発信している
「有名になりたいんですか?」って聞かれるが
全くそんなことはない
「かわいい」「会ってみたい」って言われたい訳じゃない
(うれしくない訳じゃない🙃)
私自身のファンになってほしいというよりは
私が見つけた「答え」をみんなに知ってほしい
その「答え」が誰かの悩みを解決する助けになったら最高
そういう気分
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あーーーー、生きやすくなった
多分、読んでる人にとってはどうでもいい話だ
実践者だろうが哲学者だろうが
私がやることは何も変わらない
でも、私の中ではズーっとあったモヤモヤが消えて
超生きやすくなったんです
私が知ってほしいのは
「自分が生き生きできる評価軸で頑張ろうぜ!」
って話
まじでこれ。これがいっちばん伝えたい
「自分が生き生きできる評価軸で頑張ろうぜ!」
「自分が生き生きできる評価軸で頑張ろうぜ!」
「自分が生き生きできる評価軸で頑張ろうぜ!」
やっぱり肩書きから探したら
生きやすい評価軸で判断してもらえない
だって私はやってることとしては
フリーランスイベンター
そこだけ見ると「良いものを作れるか」で評価される
その評価軸の中で高評価もらえることが正義になってしまう
自分がのびのびできる評価軸ってどこだ
その評価軸で評価してもらえる肩書きってなんだ
そういう方向での自分探しも必要なのでは
と思った初雪の日でした
私は「良いものを作れたか」じゃなくて
「本質がわかったか」で自分を評価していこう
気持ちよく。
私に合ったプロの世界で戦えそうです。
人生最高。
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