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米アカデミー賞有力候補『ANORA アノーラ』は果たして傑作なのか?

結論から言うと、個人的には諸手を挙げて傑作!とは言いづらい作品でした。
かなり惜しい!いや、満点つける方の気持ちもわかりますよ!
そんなスタンスの感想です。
カンヌでのパルムドール受賞他、挙げればきりがないくらいの受賞歴を持つ作品なので私ごときが偉そうに言うべきでは無いのは重々承知の上での戯れ言です

もう冒頭からギョッとするくらいのセクシーさで「やっぱりショーン・ベイカーだな」という感じ。
ショーン・ベイカーといえば『チワワは見ていた』『フロリダ・プロジェクト』『レッド・ロケット』など、セックス・ワーカーに関する作品が多い。そのどれも内容とは反して明るくカラフルで夏の青空のようなカラッとした映像が持ち味。
しかし本作ではカラッとした感じは抑えめ、しっとりと夜の空気と冬の冷たさを感じる映像に仕上がっています。
R-18なので、当然ダイレクトなシーンが沢山あります。それがショーン・ベイカーです。
観ていて『これがオスカー作品賞候補かぁ。アメリカって凄いな』と思いましたが、ド下ネタ満載の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』も作品賞獲ってたしな、と自己完結。
でもこの時点で賛否(好き嫌い)分かれるとは思います。
私はショーン・ベイカー監督のファンなので、ワクワクしながら観ていました。
あらすじ等ではアノーラはストリップダンサーとされていますが、それ以上のサービスを提供するのでダンサーというよりセックス・ワーカーですね。

以下、作品の内容に触れます!(ネタバレあり)

果たしてこれが幸せなのか?

本作は大きく分けると前半の『シンデレラ』『プリティ・ウーマン』的なお話と、後半の人捜し珍道中2部構成になっています。
何故『これは傑作!』と言い切れないないのかというと、この前半部分が長い・・・。延々とセレブのバカ騒ぎを見せられる。
勿論、その間にもアニー(アノーラ)が何を感じ、何を求めているかなどの描写はあるし、ベガスでの結婚式後のシーンとかは若さ故の衝動と過ちがちょっと感動的ですらあったので、全部が無駄というわけではありませんが、正直「これをずっと見せられるの?」という不安と退屈を感じました。
ここに尺を採るならもう少しアノーラの内面(ここに至るまでの過去)を描いて欲しかったかな。

しかし、事態が急変してからの面白さったら!
結婚を反対する親が送り込んだお間抜けトリオ(なんと表現したらよいか)から、アノーラを置いてとっとと逃げる夫イヴァン。
結婚の事実を無効にしたいイヴァンの親側と結婚を認めさせたいアノーラ。イヴァン捜索の珍道中が始まるのだが、このやり取りがいちいち面白い
アノーラは暴力的だし暴言吐きまくるけど、決して頭が悪いって感じじゃない。どこか冷静に状況を分析し、自分がどう振る舞うべきかを判断しているように見える。この辺りのセッティングが素晴らしい。
笑いの中にもふと考えさせられる部分が入り込んでくる。巧い。

何より巧いのが、イゴールの見せ方
これは本当に唸らされました。
イヴァン親側のお間抜けトリオの中の用心棒として登場するイゴール。
寡黙で見た目もゴツく、明らかに暴力要因を感じさせるキャラクター
アノーラに噛みつかれたり、燭台を投げつけられたりと酷い目に合いますが、一歩離れた場所から常に冷静な視線でアノーラを見つめています。
画面で言うと左側にいることが多く、いわゆる脇役。

しかしこのイゴールが、物語上でも画面上でも徐々に中央に寄っていきます。観客もいつしかイゴールの視線や無骨ながらも優しい物言い、アノーラを否定しない部分などに気付き、イゴールに情が入って行く。アノーラに当たっていたピンスポットが、アノーラとイゴールの2人に当たるようになり、最後はピンスポットが重なって文字通りひとつになる
それがあのラストシーンなのだと思います。これは思わず唸ってしまう巧さでした。
思えばアノーラが憎まれ口を叩きながらも本音を吐露する、感情が漏れてしまうのはイゴールに対してのみなんですよね。
そしてアノーラの名前の意味。思い出してください。

ちなみにセックス・シーンはすべてアノーラが主導権を握っている。これが多くの映画と違うところでしょう。アノーラは単に可哀想な女でもシンデレラでもないと自然に観客が思える様な演出になっていると感じました。

音楽映画的な雰囲気もある本作ですが、最後は車のワイパーの音のみという静かな、それでいて一定のリズムを刻む終わり方でした。あのワイパーの音をどういう風に捉えるのか、ここでもいろいろな解釈がありそうです。
そして無音のエンドロール。余韻が素晴らしかったです。

書いてみたらほぼ絶賛でしたね。
アノーラを演じたマイキー・マディソンの熱演が報われるといいなぁ。
そんな気持ちでアカデミー賞を見守りたいです。

From AleJJandro Hiderowsky


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