パブリックリーダーを育成する公共政策大学院でリーダーシップコースを教える
だいぶご無沙汰しております。Ashです。
2023年春にハーバード大学院ジョンF.ケネディ行政大学院を卒業し、秋学期は大学院でアダプティブリーダーシップコースをティーチングスタッフとして担当しました。
日本人でこのコースのティーチングをするのは極めて稀のようなので、その経験を記録として残したいと思います。
アダプティブリーダーシップとは
アダプティブリーダシップ論は、精神科医、音楽家、教育者であるロナルド・ハイフェッツ先生が提唱したしたもので、VUCAに対する適応能力、変化への対応力と読み替えても間違っていないと思います。
根底にある思想としては、社会の様々な事象は認知により作り上げられるものであり、ある事象について複数の見解が存在するのは当然である。リーダーがもっともおかしやすい失敗は、1つの見解に固執すること、還元主義的なアプローチをとってしまい、物事を極度に単純化させ複雑性を見失ってしまうことである。
アダプティブリーダーシップの実践には、公式・非公式の権限を有効活用しながら人々の衝突を意図的に表出させ、かつ人々が耐えられるレベルで調整することが求められる。衝突回避、思考停止、知的化など逃避を防ぐためには、自分とおなじサイドにいる味方を時には失望させ、関わる利害関係者がこれまでに大事してきたものをアンラーンUnlearnし、新しいことを学習Learnが促進されるような
環境づくりを行い、適応課題を同定し対処する(Co-learn)ための土壌をつくることである。
アダプティブリーダーシップコース
アダプティブリーダーシップを扱うコースは2つあります。今回はそのうちの前編について扱います。
MLD201B - Exercising Leadership
このコースはシステム思考を用いて、課題を正しく診断する方法を用います。
アダプティブリーダーシップのコースはもう1つ存在しますが、それについては別の記事で取り上げます。
コースの目標
システム上の課題について学び、戦略的に考え、そのような課題の特徴である曖昧さ、混乱、対立にもかかわらず行動を起こす方法を学ぶことである、とされています。
コースの構成(MLD201)
受講生は毎年104名超えで、人気コースのために受講できない学生が発生します。コースコースは7名で、それぞれが16名の学生を担当します。今年は学生の50%程度が米国以外の出身者international studentsでした。
Large Classroom - 100名の大クラス
インストラクショナルデザインを破壊し意図的に無構造にした実験的環境で、ディスカッションしたいテーマを学生が決めて、その中でリーダーシップの実践に挑戦する。
Small Group - 8名1グループの小グループ
1グループ8名、毎週1人がリーダーシップ失敗ケースをプレゼンし、75分かけてメンバーが分析、その後振り返りを行う。
Small Group Assignment - 毎週の提出課題
毎週のレポートでは、Small group workのケース分析で明らかになった適応課題と技術課題を言語化させ、システム思考を用いてグループダイナミックスを分析する訓練を行う。(reflection-on-action)
Mid-term Debrief - 中間グループ評価
学期中間Week 5に小グループで75分かけて自己評価を行い、レポートを提出する。
Mid-term Quesnnaire - 中間レポート
中国天安門事件を取り上げたドキュメンタリーGate of Heavenly Peaceをケースとして分析する。
Gate of Heavenly Peace Part 1 & 2
Final Paper
自らのリーダーシップ失敗ケースを再分析し、3,000 wordsのレポートとして提出する。
コースの約束
守秘義務
グループ学習は、お互いの過去のリーダーシップの失敗や失策を診断し、分析することことから学び、他人のリーダーシップ・ケースの詳細を授業外で議論することはタブーとされています。
私たちの集団的な学びは、授業への参加にかかっています。また、生徒が教室でリーダーシップを発揮しようとするさまざまな試みから学ぶ機会を持つことも重要である。そのため、授業に参加した仲間の詳細についても守秘義務があります。
電子機器使用不可
飲食禁止
コースコーチとしての役割
コースコーチの役割としては、授業前後1時間のミーティング、授業ではディスカッションに対して適宜介入したりモデリングを行ったりしました。個人では、2グループ16名の学生を担当し、ケース準備、ケース分析、提出された課題の採点、1対1のコーチング・ティーチングなどを担当しました。
役割の大部分はメタ認知を促すことです。リアルタイムで場を観察して視点を共有する、または提出された課題にコメントを加えることで新たな視点で失敗ケースをみれるようなPerspectiveの転換の手伝いをする、のが具体的なタスクになります。そのためには鋭い質問を投げるスキルが求められました。
担当したケース
国際機関、政府、慈善団体、宗教団体、テック企業、スタートアップなど多岐にわたるケース分析を手伝いました。この経験により理論と実践や具体と抽象の往来に習熟し、また表面化した衝突の経験を通じ学習者や教育者が「耐えられるレベル」に関する知見が深まりました。組織の中で変化を生み出そうとする立場となるには有用な学びだったと思います。
感想
学生として学ぶよりも深いレベルでの学びを得て、またメタで思考する力がいくらか鍛えられた気がします。また、教育を通じて、一定レベル以上のメタ認知の実勢に実践には相当意識的な訓練が必要だと認識した次第です。マテリアルがあっても、人的リソースの必要性などを加味すると、このコースの複製は容易ではないことは実感からも明らかでした。
イスラエルガザにおける戦争が始まり、多くの学生が影響を受けました。ケネディ行政大学院にはイスラエル人の学生が多く、授業のディスカッションも大いなる影響を及ぼしました。彼らをサポートするために多くの時間を割きました。直接的に影響を受けた学生意外にも、このタイプの学びが「適応」できずもがく学生が一部おり、サポートがうまくいかなかった経験もしました。あらゆる事象をメタ認知することが求めるため、認知的負荷、感情的負荷の強いコースとなります。おそらく受講以前に己の耐用力を把握できておらず、受講中にもコントールできないことが原因だと思いますが、こういったついていけない学生が一定数でることは止むを無いとわかりつつもややビターな後味が残りました。
変革を起こす際の失敗ケースを分析し、教育する経験を経て、アダプティブリーダーシップの理論に対する理解が深まり、実践の落とし込みについても自信をつけました。いつか日本に戻った際には、当方の専門領域であるヘルスケアで還元するためのベースはできたように思います。一方で、この理論で用いられる概念の定義がやや古さを感じ、また日本人相手には概念を詳細に吟味して咀嚼した上で伝えられるべきだと必要があると感じており、さらに勉強を続けています。今回はここで終わりたいと思います。
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