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私とは違う世界を見ている(#149)
こういう疲れた時にこそ、ワンモアプッシュで、力を振り絞って何か書く。それで、書く筋力がつくはずだ。
今のところ「もう今日は書けない。あきらめよう」と思う日はまだない。なんでないかというと、一巡りする庭があるからだ。その庭は「私がしたいこと」「私ができること」のいろいろで、飾られている。そこをゆっくり歩いていくと、最後には「そうなんだよな。書くのがいちばん手っ取り早くて、自分が思っていることを表すには使いやすいんだよな」と日本語で書けることのありがたさを感じるのだ。
本当は曲作りたい。でも、スキルない。漫画かきたい。結構たいへん。日本語でさ「大海原を漂う寂しげなヨット」と書くだけでさ、あなたの想像力の助けをかりて、もう絵が出来上がるわけじゃないの。これってすごいよね。
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お絵描き教室終わって、先ほど帰宅するときに、ワイルド・ターキー(七面鳥)が車道を左から右へゆっくりと歩いて渡るのをみた。彼らは黄色いタグをつけられて、ちゃんと保護観察されている・野生の七面鳥だ。ここら辺の住宅街に結構の数いる。ノラ猫やノラ犬はいないけど、とにかく、たくさんの種類のトリとオウムを見る。夜にはポッサムが徘徊する。時々、フルーツ・バット(こうもり)を見ることもある。
ゆっくり車道を渡った七面鳥に話は戻る。車が近づいてくるのをみていながら、歩調を早めない。ゆっくり歩く。そして、車が止まってあげた途端に走り出す。この意味不明の動き。タイミング悪い動き。なんなんだろうと考える。車が止まってあげたんだから、渡り切るまで、その優雅な動きで歩けばいいじゃない。なのに、いまさら、車の存在に気づいたかのように慌てて走り出す。
私はその動きが気になる。通り過ぎてもずっとそのことについて考えてる。「同じ場所にいても、全然違う世界を見ている」。うちのオカメインコもそういう動きをする。人間の理屈では到底理解できないような、無駄な動き、変なタイミングで動く。その度に「ああ、こいつらの見ている世界と私が見ている世界は違うんだな」と思う。
私はそう思うことで救われている。世界は私が思っているよりもはるかに広く、不思議な魅力で溢れている。そのことを忘れちゃいけない。
うちのバスルームの窓で飼っているクモが今朝見たら2匹になっていた。それぞれ巣を作っている。まいにち観察している。彼らが見ている世界も私が見ている世界と違う。
「私と違う世界を見ている」とあなたが思う相手は誰だろう。あなたの想像力が私の武器。今日も読んでくれてありがとう。
追記:本当だったら、七面鳥とかポッサムの絵を描くといいんだけど。もう前もってトマト描いちゃったんだよね〜。今日は忙しいから、文章書く前に絵を先にかいた。子供の時トマトに砂糖かけて食べたよね〜。いつかやってみよう。
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