ポキポキ(#175)
私には悪い癖がある。でも私はちっとも悪いと思っていない。
それはポキポキ関節を鳴らすことだ。
かれこれ中学生の頃からしている。どういうきっかけで、そうするようになったか定かではないが、たぶん私のことだから、誰かがしているのを見て「すごい」と思って真似たんだと思う。ペンを手の上でクルクル回しているのを見て「すごい、私もしたい」と繰り返し練習するように。
まぁこの癖は歴代のボーイフレンドたちには不評だった。夫も嫌がる。こういうのは「やっちゃいけない」と思うともっとやりたくなる。だから、トイレに逃げて、そこで思いっきりポキポキする。指の関節・首・背骨。背骨は難しいが、できた時の喜びは大きい。
「関節が太くなるよ」「首が太くなるよ」など、何かと太くなると言っては私を脅かして、やめさせようとした人たち。太くなったてかまわない、この快感は譲れない。けっきょく、私の指の太さも首の太さも昔とたいして変わらない。けっ。
「関節鳴らすの注意された」ことで思い出す人がいる。私が高校生の時、素敵だなと思った20代前半のサトコさん。細身で目が大きくて可愛くて声が素敵で、見た目も素敵だが、性格はその3倍くらい素敵だった。明るくて優しくて、気が利いてでしゃばらず、こんな生き物が本当に存在するんだと思った。しかし、そういう彼女にもマイナス点というか弱点があった。
どういう経緯でそういう場面になったのか覚えていないが、私はサトコさんにマクドナルドへ連れて行かれた。そこで、サトコさんの好きな人と待ち合わせてるので、私にも会って欲しいということだった。と書くと重い雰囲気だが、どちらかというと、みんなで一緒に食べない?という軽い誘いだ。
そこに現れたサトコさんの好きな人というのは、高校生の私から見ればちょび髭はやして気取った話し方をする「イケすかない」中年男だった。お金持ってるインテリ風にも見える。とにかく私はひと目見た時から好きになれなかった。「サトコさんはこういう人が好きなんだ・・・」
軽くショックを受けていた。いやいや、これは私の偏見で、きっとそのうち、何かいいところも見えてくるかもしれない。と、私は普段の愛想良さを全面に出して、会話に参加した。
サトコさんはとっても嬉しそうにしている。私の向かいにいるこのおじさんはどんなに時間が経っても「イケすかない」ままで、素敵な方向に変身することはない。だんだんこうしているのが辛くなってきた。その時だ。つい私は指の関節をポキポキ鳴らしてしまった。「それは良くないよ、その癖は直したほうがいいね」とイケすかない奴が即座に言った。私はイラっとした。もう修復不可能なくらいに「イケスカなさ」が定着している。私は心の中で「サトコさん、ごめん。私はサトコさんのこと大好きだけど、サトコさんが好きなこの人は全然好きじゃない」と強く思った。その後の記憶はぷつりと消えている。私はあれこれ理由を作ってその場を去ったのか、空想で逃げて身体は最後までそこにいたのか、覚えていない。後日、サトコさんとイケすかない奴は不倫の関係だったと知る。私は別のことで忙しくなり、サトコさんとは会わなくなった。上京した後は連絡も取らなくなった。
今では、面と向かって誰かに「関節ポキポキ」を注意されることはほとんどない。たまに「あ、それうちの娘もするのよ〜」と軽く間接的に注意されると、反射的に「素敵なサトコさんとイケすかないオヤジ」を思い出す。間違って口に入った虫の味がする。そして、隠した指を「ポキっ」ともう一回だけ小さく鳴らして、その音で、二人の絵を頭から消す。
あなたの「悪いと思わないのに不評な癖」ってなんだろう。あなたの想像力が私の武器。今日も読んでくれてありがとう。