演技力(#085)
今日はサクサク行くぞ。
ノートルダム寺院の前でひと休みする。今は2010年のパリ・冬。夫と私はロンドンから飛行機で来た。2泊3日。メインはルーブル美術館。パリはロンドンよりも薄汚いという印象だ。駅は物乞いのジプシーで溢れている。気が重くなる。
ノートルダム寺院の中を見学して・外に出て・日にあたりながら座って・歩く人々を見るともなく見ている。観光客で溢れている。
私たちの前を、年配の女性が片手にコップみたいなのを手にして、腰が直角に曲がったままビッコひきながら歩き大声で何か叫んでいる。物乞いだ。夫はそのようすを見て「何て可哀想な姿だ」と言う。今にもそのコップにお金を入れるために立ち上がりそうだ。私は直感ですぐ気づいた。「あれは演技よ」と言った。夫は私の方を向いて「何て薄情な女だ」みたいな表情をした。
「だいたいね、90度も腰が曲がっていてあんな大きな声が出せるわけないのよ。腰が直角に曲がっているのが通常なら、肺が押されて肺活量が減る。大声なんて出せない。あれは演技よ」と私は説明した。私自身がびっこしながら歩いているので、身体の障害と内臓の関係はだいたいわかる。でも、夫は私が言ったことを聞きながらも信じてはいない。
パリに来た目的はルーブル美術館を心ゆくまで見て回ることなので、できるだけパリの暗い影の部分は見ないようにした。そうは言ってもやはりやりきれない。観光地の即物的なチープさがあちこちで目に入る。私はポンヌフの橋を渡りたかったので、二人でそこへ行く。1991年の「ポンヌフの恋人」の映画を思い出す。橋に沿ってある窪みのような座れる場所に夫と一緒に腰を下ろして休んだ。
次の瞬間だ。あの90度腰曲げて叫んでいた女性が、背筋ピンと伸ばしてスタスタと私たちの前を歩いて通り過ぎたのだ。片手にはまだコップを持っていた。私は夫の顔を見て「ほらね」という表情をした。夫はあいた口が塞がらない様子だった。私は彼女の演技に小銭をコップに入れてあげたいくらいだった。そしてもしフランス語でこう言えたら言いたかった。「もうちょっと演技を磨く必要があるわね、これはその先行投資よ」チャリン。でも、私の信条としてこういう物乞いにお金はあげない。そのお金が酒やドラッグに使われるかもしれないし。寄付をするなら別の経路でする。
あなたが最後に見破った下手な演技はなんだった〜?
あなたの想像力がわたしの武器。今日も読んでくれてありがとう。
追記:
映画ポンヌフの恋人より。ジュリエット・ビノシュ演じるミッシェル。