子どもの宇宙
子どもの頃はああだったな、という懐古感を持っている人は多いと思います。
「ああだったな」には、もちろん良かった記憶が多いと思うけど、同時に、大人に失望したり、大人に対する信頼感を損なう経験や挫折をした人も多いのではないでしょうか。
本著は、成長する内に希望と失望を味わう「子どもの心」を読み解く本であり、同時に、子どもの秘めたる可能性を読み解く本です。
子どもと「家族」、子どもと「秘密」、子どもと「動物」、子どもと「時空」、子どもと「老人」、子どもと「死」、子どもと「異性」の7節からなる本著は、臨床心理学者として活動した著者が実例や児童書から例を挙げながら、子どもの中にある宇宙――あるいは可能性――を解説してくれます。
著者は日本の臨床心理学・分析心理学を牽引していった河合隼雄氏。平易な文章でありながら、豊富な知識に裏打ちされた文章は、読んでいて学ばされるところが多くあります。
子どもと家族という章では、「子どもが自分はこの家の子どもではないのではないか」という不安を覚えることが多い、という題目から、その背景に「子どもの自立への意思」、「個としての主張がある」と唱えています。
私自身も、実は家出をしたことがあります。丁度、本著で節目として挙げられている10歳の頃でした。家出と言っても、この本の中で紹介されているような計画性のあるものではなく、母親にキツい言葉を投げかけられるのが辛くて、家を飛び出して行っただけの計画性のないものでした。
今振り返ると、突拍子も無い馬鹿な経験だったなと思うのですが、この本は、そんな私の行動にも理由があったと肯定してくれます。ただの養育のサポート本としてだけではなく、もう大人になった自分の中にいる子どもの自分、その自分を肯定することにもこの本は効果的です。
私がこの本で一番好きなエピソードを挙げて締めくくります。
子どもと「動物」の章に書かれている、「K君と亀」というエピソードです。
以下要約です。
この話の教訓は、様々な角度から考えられますが、なによりも亀がK君に「しゃべる」きっかけを与えたところがいいと私は思います。
著者は「動物は人間と違って時計に縛られていない分、そういった“タイミング”に機敏なのかもしれない」と書いています。
動物と心を通わせることで、閉ざされていたクラスメイトとの対人関係の通路が開けたこと、K君の大事な亀としてクラスメイトが亀を大事にしていたこと、そしてその亀をK君にとって大事な存在だと認めてくれた教師という“大人”の存在。
様々な要因が重なってこのような感動的な実話になったのだと思います。
なら、子どもに問題があれば動物を飼えば解決するのか、という問題ではありません。今回はたまたま亀がK君のためにきっかけとなるタイミングを作ってくれただけで、ほかの子どもにとっての“きっかけ”が動物であるとは限りません。
この“きっかけ”に気付いてあげること、子どもが“きっかけ”を掴んだタイミングに気付いてあげること、これが大人の役割なのかなと私は本著を読んで思いました。
是非、ただの育児の教科書としてだけではなく、自分自身について書かれた本であると意識して読んで頂きたい本です。