01.Down by the Salley Gardens 一流の歌手を目指すその女性の名は、ベラドンナといった。ベラというニックネームを持つ彼女は、六月に二十二歳の誕生日を迎えたばかりである。一般的にいえば少女という範疇から脱して間もない若さであった。だが、音楽という道を志しながら未だ初舞台を踏むことができていないことを考えると、その輝きもいささか鈍らざるを得ない。殊に夏から秋にかけての日射が
02.Moon River 列車を降りると、そこはもう数年ぶりの故郷だった。駅舎やその出入り口から見える風景には特段の変化を認めることはできないが、胃の奥からこみ上げてくるものは懐かしさなどではなく、軽蔑とでもいうべき感情だった。久しぶりに踏みしめるプラットフォームの感触も、風がなく生ぬるい空気も、まるで変わっていない。 「ここは時間が止まっている」 心の中に留めておける感情を、ベラはあえて呟い
03.Happy Birthday to You ベラは数少ない快い思い出を噛みしめながら、ようやく母の墓前に辿り着いた。小さな墓地の中にある、小さなお墓。ベラは都会から持ってきた赤い化粧箱をトランクケースの中から取り出した。その化粧箱は母から譲られたものである。いつか大人になり、やがては母になるであろう娘に向けての、数少ない贈り物だ。ベラが身の回りの物を大切に扱うように育ったのは、その思い出を大