マガジンのカバー画像

Cupid shoots to kill (決定版)

10
一流の歌手を目指すその女性の名は、ベラドンナといった。ホテルのラウンジショウへの出演が決まり、ベラはバンドのメンバーとの練習に励む。様々な人物と交わる中で成長を見せるベラだったが…
運営しているクリエイター

2021年11月の記事一覧

Cupid shoots to kill - 01

01.Down by the Salley Gardens
 一流の歌手を目指すその女性の名は、ベラドンナといった。ベラというニックネームを持つ彼女は、六月に二十二歳の誕生日を迎えたばかりである。一般的にいえば少女という範疇から脱して間もない若さであった。だが、音楽という道を志しながら未だ初舞台を踏むことができていないことを考えると、その輝きもいささか鈍らざるを得ない。殊に夏から秋にかけての日射が

もっとみる

Cupid shoots to kill - 02

02.Moon River 列車を降りると、そこはもう数年ぶりの故郷だった。駅舎やその出入り口から見える風景には特段の変化を認めることはできないが、胃の奥からこみ上げてくるものは懐かしさなどではなく、軽蔑とでもいうべき感情だった。久しぶりに踏みしめるプラットフォームの感触も、風がなく生ぬるい空気も、まるで変わっていない。
「ここは時間が止まっている」
 心の中に留めておける感情を、ベラはあえて呟い

もっとみる

Cupid shoots to kill - 03

03.Happy Birthday to You ベラは数少ない快い思い出を噛みしめながら、ようやく母の墓前に辿り着いた。小さな墓地の中にある、小さなお墓。ベラは都会から持ってきた赤い化粧箱をトランクケースの中から取り出した。その化粧箱は母から譲られたものである。いつか大人になり、やがては母になるであろう娘に向けての、数少ない贈り物だ。ベラが身の回りの物を大切に扱うように育ったのは、その思い出を大

もっとみる

Cupid shoots to kill - 04

04.Rose Garden
 初舞台の数日前、ベラはマネージャーのジェームズとタクシーに同乗して、会場となるホテルへと向かっていた。ベラが上京してきてから数年が経つ。しかし、都会と田舎町とでは同じ範囲でもそこに宿る情報の密度が異なっていて、例えば道を歩いていてもどこへ通じているのか分からない路地や、何の商売をしているのか分からない地下の店への階段を見つけたりするが、ベラはその一つ一つに興味を持ち

もっとみる

Cupid shoots to kill - 05

05.Summertime ビルのバンド――彼らはツインズと名乗っている――とのセッションは、ベラにとって満足のいくものとはならなかった。無論、バンドの演奏に不満があったわけではない。彼らに上手く合わせて歌唱のできない自分の無力さを痛いほどに味わわされたのだ。この体験がベラの精神状態に良からぬ影響を与えるのではないかとジェームズは危惧していたが、一晩経つとベラは却ってすっきりとした表情で姿を見せた

もっとみる