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なぜ「建設的合意」なの?

前回はnote始めるご挨拶の記事を投稿しました。今回は、なぜ自分が「建設的合意」という概念をテーマに研究・実践をすることになったのか、その背景をご紹介します。


私のざっくりキャリア


私は2002年に新卒で株式会社キーエンスに入社しました。

そこでバーコードリーダーの事業部の一員として、京都の営業所に配属されて3年半法人営業に従事しました。キーエンスといえば厳しい強い営業で、激務に加えて給与が高いというイメージを持たれてる方が多いのではないでしょうか?当時も同じで「30で家がたち、40で墓が立つ」と揶揄される会社でした。

激務というとブラック企業で勤務時間が長いようなイメージですが、その点においては至ってホワイトでした。お客様である製造業の就業時間に合わせていて朝は8:30始業と早かったのですが、夜は22時までに業務を終えなければいけません。勤務時間は限定的ですが、その分濃密で多忙な業務を限られた時間内に生産性高く進めなければいけません。

なんだか悪いことばかり書いているようですが、非常に鍛えられる経験でしたし、当時当たり前としてやっていたことが、他の会社では当たり前には行われていないようなことも多かったです。そのシステム・仕組みの作り込み度合いは精度が高く、今でも大好きな会社です。その後3年半で退職。(理由はまた別の回で)。

その後、元々大学時代はバックパッカーをやっていて海外を放浪するのが好きだった私はカナダ・バンクーバーでワーキングホリデーを行いました。そしてバンクーバーを拠点にしながら、北米や中南米を旅して回りました。

そのような感じで自由な時間を1年間を過ごし、転職したのが株式会社エス・エム・エスです。

エス・エム・エスでは8年間勤務し、大きく3つの仕事に携わりました。最初に求人広告の営業、二つ目に買収した事業の統合(PMI)、最後にこれまた買収した事業である通販事業です。

最初は営業から始まったキャリアですが、営業以外の仕事を経験する中で、自分が業を受けて購買することも経験してきました。この中で「営業」を客観視することができました。

その後2015年に独立し、一人会社でコンサルティングなどを行っていました。収益はうまく回っていたものの、当時30台半ばの自分でまだこれから成長していける余地があるのに、自分のペースでしか成長できて行かないことに課題意識を持っていました。

そんな時に業務委託でお仕事に携わったのが今勤務をしているREAPRAです。ここでの仕事をきっかけに、改めて自分がこれから培っていきたいキャリアを見直すことになりました。


※この時期に感じていたことはREAPRA Bookでもご紹介しています。


営業に感じた違和感


当時携わった業務委託の仕事はREAPRAの投資先の1社への営業の支援でした。私はキーエンスでもエス・エム・エスでもハイパフォーマーではありませんでしたし、正直営業に対して自信はないし、好きでもありませんでした。

しかし1ヶ月、2ヶ月と続けていくうちに、「意外と営業で誰かの役に立てるのでは?」と思うことができ、自己肯定感が高まったことを覚えています。それまでの厳しい環境(キーエンス、エス・エム・エス)で揉まれてきたおかげで、私が当たり前だと思ってやっていたことが意外と世の中では当たり前ではなかったということに気がつきました。

それまでは私は何かに特化したキャリア形成ではなく、さまざまな業務に対して平均点を取るようなジェネラルなキャリアを形成してきました。しかし、このようなキャリアは20-30代の若く小回りの効く時ならともかく、40-50代を乗り切っていくのは厳しいのではないかと思ったのです。

なんでも幅広く浅くできる人はたくさんいて、当時は30代という若さのおかげもあり重宝されるが、年を重ねて行った時に「なんでもそれなりにできるけど、特別何もできない人」は使い勝手が悪くなるので次第に求められなくなるのではないかと不安を感じていました。そのような背景もあり、自分の軸となるキャリアを作っていこうと考え「営業/セールス」に向き合っていくことを決めました。

実践のテーマに「営業/セールス」を据える一方で、既存の営業に対する違和感もありました。自分が営業をしている時もされている時も気持ちいい営業と、そうではない営業があります。

当然のことですが、セールスにおいては売上や利益といったわかりやすく数字で表される目標に意識が奪われます。その中で強引な営業や情報の非対称性を利用した営業よってお客様が損をする場面も見てきました。このような行為によって短期的な売上・利益を高めることができても、長期的な関係を築くことができず結果としてLTV(ライフタイムバリュー)を毀損することは販売する側の企業に取って望ましくありません。


「建設的合意」の誕生


そのような違和感を抱えながらも営業に向き合い、「営業」という広いテーマというよりは粒度高く概念を作り込むために、営業を細分化して学習のテーマを切り出しました。その中で自分が比較的得意で興味があったのが「交渉」というテーマでした。しかし、世の中で理解されている「交渉」という言葉は勝ち負けを競うような文脈があり、自分の作りたい世界観とはズレがありました。

「交渉」をテーマに色々な人を巻き込み、研究と実践を進めるにあたっては、「交渉」という言葉ををベースにすると既存概念があるが故に色々な解釈が入り自分が違和感を感じるものを多分に含んだものになってしまうのではないか。

そこで、あえて造語である「建設的合意」という言葉を作り、以下のように定義しました。

建設的合意とは
互いの意思決定メカニズムや心象風景を理解し、成したいこと・なりたい姿に近づくことを目指して、コミュニケーションを通じてWin-Win状態を紡ぎ出し続ける活動


こうして「営業/セールス」を深く探求していくにあたって「交渉」というテーマを抽出し、将来社会からの需要は高まるだろうが今はまだ実践者が少ないが故に腰を据えて長期間学習し、自分及び組織がリーダーシップを発揮できる学習テーマとして「建設的合意」が生まれたのです。


おわりに


最後までお読みいただきありがとうございました。今回は私の学習テーマである「建設的合意」がどのように生まれたかについて、キャリアをもとにお話ししました。キャリアを振り返る中で、キーエンスやエス・エム・エスでの経験がいかに貴重であるかにも気が付きました。その辺りはまた追々noteでも紹介していこうと思います。

建設的合意チームでは一緒に研究実践を行う人を探しているので、お気軽にコメントください!

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