Mouthwashingがなにひとつ洗い流さず口の中に残していったイヤな後味をゲロる感想記事
Prologue
時は遡り9月30日……。
おれは迷っていた。すでに前情報からして奇ゲーの風格が漂っていたMouthwashingが発売。謎の包帯ぐるぐる巻きトンカラトン男からどうにも目が離せず、ウィッシュリストに入れておいたのだ。しかもアンディとレイレイの棺の日本語化パッチ作ってたnicolith氏が和訳をやっているらしい。この人は悪態の和訳が上手いので個人的に気に入っていた。
面白そうではあるが、ストアページを見るにどう考えても嫌な気持ちになるのがわかりきっていた。折しも仕事でメンタルをやりかけており、鬱ゲーのダメージを受け止められるかわからなかった。精神的に憔悴しているときにやるゲームではなかろう。そっとページを閉じようとしていたとき、Twitterにフォロワーからのmentionが入る。
「えっ!?わざわざ嫌な気分になるゲームを!?」
「できらぁっ!!!!!!」
と憤慨したおれは勢いでMouthwashingを購入、その後みずから暗い暗い気持ちになっていくことになる。
ちなみに発破をかけてきたフォロワー本人もこのあとMouthwashingをプレイして苦しむことになるのだが、それはまた別の話……。
そんなわけで今回はMouthwashingでとてもとてもイヤな気分になったおれが、非常に嫌な気持ちを書き連ねていく感想記事になる。たぶん京極夏彦の黄色い装丁のヤツくらい読者を落ち込ませる気がするので、精神的に参っている人は読まないでおくのがよいだろう。
内容についても、あくまでつらつらとおれが勝手なことをほざいているだけなので公式の解釈などではない。どちらが上とかそういうことはないので各人の感想を大切にして欲しい。
また、ゲームのネタバレが含まれているので、まずはMouthwashingを自分で遊んで自らを痛めつけてから読むことをおすすめしたい。
さいきん実況動画やプレイ配信というものの意義について騒動があったが、こうしてゲームの記事を書かせてもらっているおれとしてもクリエイターにお金が入るように、できれば自分で購入して遊ぶことを勧めたい。
ほとんどの人に関しては特に問題ないのだが、こうして感想記事を書いているとしばしばアレな人と出くわすことがあり……。こう言ってはトゲがあるが、昔から「実況動画でわからなかったところをあなたの記事を読んで理解が深まりました!」とか公言するピンボケのウスラトンカチがたまにいるので辟易している。ゲッヘッヘ!あんさんの記事のお陰でタダで楽しませてもろたわ!言うてるのと一緒です…。オイッ!!堂々と全部タダ見してます発言すな!!!お前のフリーライドの片棒をおれに担がすな!!!!胸の内にしまっとけ!!!!!
おれ自身こうして感想を書いてクリエイターのコンテンツに便乗させてもらう立場であるし、権利的にグレーな人間なので他人にも寛容でありたいしあまり潔癖なことは言いたくない。実況を見ること自体も悪いことだと思っていないが……「一切お金を払ってませんが動画とネタバレ記事で内容を理解しました」とかおおっぴらに言うのはちょっと恥ずかしいので、せめて公式にお金を落とそう。自分で遊べなくてもお金に余裕のあるときに買ってお布施してあげてね。
もちろん自分でプレイして嫌な気持ちになるのがベストだ。お前らもおれと同じ苦しみを味わえ!!!!
オーバービュー
さて、長い前書きで存分に嫌な気持ちになってもらったところでようやく本題に入っていく。
本作は人を傷つけるための丁寧な仕込みがなされたタイプの作品と言える。
ヨコオタロウ的鬱ゲーの手法というか、スプラッター映画のだいたい逆をやっている構造かもしれない。死んでもいいキャラクターが死んでいくなら特に何も思わない……むしろ爽快だろうが、本作は丁寧にキャラクターたちの人間らしい悩みややり残したことへの後悔を語る。一見付き合いづらい奴にもいいところがあったり、最終的に嫌なことをする奴も振り返ってみればどこか気さくなところがあったりする。どことなくこいつら好きなんだよな、死んだら辛いな、と思わせる感情移入の下地作りからしっかりやっていき、死んでほしくないキャラクターにしてからまとめて殺す!!をすることで効率的にプレイヤーの情緒を破壊してくる構成になっている。人の心とかないんすかね?
そして彼らの抱える悩みも実に普遍的なものだ。キャラクターの年齢層が20代~50代程度に均等にバラけているのも上手い。人生の中で年齢ごとにぶつかる悩みを計算して各人に割り振って描いているので、プレイヤーそれぞれの年齢層ごとに「刺さる」人物がいる。
明暗の使い分けも絶妙だ。サイコホラーとして闇だけを全面に押し出すのではなく、明るいドタバタ劇を挟んだりして過去の光も見せてくる。ジェットコースターよろしく、いちど高いところまで上げることで叩き落とすための落差を作ってくるわけだ。光源があるからこそ影のコントラストもまた一層濃くなる。
夕暮れを物語の序盤に配置し、その前に昼の日差しがあったこと、いずれ深い夜闇が訪れることを時系列ジャンプしながら語っていく。そして最後に真相を明かし、ひとりの病んだ男のもっとも醜悪な、しかし哀れでもある自己満足によって救いのない幕を下ろす。すべてが周到に用意されたゲームだ。プレイヤーを傷つけるために。
全部ポニー運送が悪い
そしてとりあえず全部ポニー運送が悪いということを読者諸氏と再確認しておきたい。頭おかしいやろこの会社
各キャラクターにそれぞれ思うところもあるが、そもそもこの状況を引き起こしたのは間違いなくポニー運送の甘ったれた経営陣による従業員頼みのクソ搾取に違いない。
このゲームをプレイし始めてすぐ思うのは、もし彼らがタルパ号ではなく本物の夕焼けを前にして砂浜に座っていたら全員それなりにいいやつなのだろうということだ。余裕があり、適切な環境で働けていたら多分こうはなっていなかった。
ポニー運送のクソポイントを挙げ始めるとキリがないが、個人的に一番アカンと思うのは休憩時間の短さだ。
睡眠時間も含めて5時間、つまり食事時やシャワーといった雑事を除けばだいたい3~4時間しか眠れないことになる。アホか。世界各国に遠征して過酷な環境で過ごす米軍ですら「寝れるときは寝ろ」と言っている。
さいきんはすでに広く知られつつあることだが、睡眠には肉体の休養だけでなく、脳みその老廃物を物理的に洗い流したり、不要な記憶を選別して捨てる機能がある。だから1日の3分の1を占めるほどの重大任務として我々生物に課されている。精神の不調を病院で診てもらうときにはまずいの一番に「深い睡眠は取れていますか」と訊かれるほどだ。3~4時間しか寝てない作業員が毎日景色が変わらない高ストレスの閉鎖環境下に放り出されたら頭がおかしくなるに決まっている。
この時点で産業医とか労基がクリップボード放り投げて「はーアホくさ監査は終わりです。行政指導100万回」と吐き捨てて即帰るレベル。当然このカス社則が始まったのは昨日今日ではなかろう。物語が始まるずっとまえからとっくに何が起きてもおかしくない寝不足の地雷原でタップダンスを踊っている、という前提があるわけだ。この環境下で狂ってしまった彼らをそう責めることはできん、とおれは思ってしまう。
挙句の果てには船長に丸投げの解雇通知である。まっとうな会社ならせめて前もって「有人部門はそろそろ畳むから配置換えやレイオフがあるよ」と通達を出すはず。ろくに寝てないズタボロの精神状態で受け入れられるはずがなかろうよ。しかもアーニャも貯金がないと言っているあたり、これだけ危険で精神の不調をきたしやすい労働環境なのに安月給なのであろう。せめて貯蓄があれば先のことも落ち着いて考えられるが……。
彼らが抱えていたもともとの不調や性格の欠点もあるにはあるが、まずどう考えても人間を正常に働かす環境ではなく、もう一押しで発狂してしまう崖っぷちにあったであろうことは想像に難くない。その状態で他者を思いやるとかルールを守ることがどれほどしんどいかは言に及ばずだろう。
何もかもポニー運送が悪い!!!!
キャラクターへの印象
それぞれのキャラクターについて考えると……とても辛くなる。おれはこのゲームに嫌いなキャラクターがいないからだ。だれも傷つくべきではなかった。たとえ過ちを犯してしまった奴であっても、その背景にはとても過酷な労働がある。貧すれば鈍するというのは真理で、余裕があればこそもっと人にやさしく模範的な行動が取れたであろうに、そうはできなかった。最後の一押しでみな狂っていってしまった。
アーニャ
全員強く感情を揺り動かすので言いたいことがたくさんあるが、まずは比較的短くまとまりそうなアーニャについて話そうと思う。
アーニャは、壊れかけの心を抱えて正気を保っていた被害者だが、チームの崩壊を食い止めることが出来なかった難しい立ち位置でもある。
ジミーにおそらくは同意のない性暴力を加えられ、そう簡単に言いふらすわけにもいかずカーリーに相談する。そのカーリーも実際にはジミー寄りの立ち位置なので解決できたとは言えない。どれほど心細かったのだろうか。自分を力ずくで意思に反して扱われることへの恐ろしさは、男性であるおれにはきっと理解し切ることはできないし、わかった気になるのもおこがましいだろう…。
これが医療設備の整った場所であれば、まだこの先を考えることができたかもしれない。自分の身体から血を分けて生まれいづる、罪のない子どもをそう簡単に捨てろとは言えないが、それでも最悪の場合生まれる前に処置することもできただろう。しかしタルパ号にそんなものはないし、航海から半年程度であることを考えると配送先に着くころにはもうどうにもできなくなっている可能性が高い……。
さらには、アーニャひとりではもう先がない。貯金もなければ、今回の配送でポニー運送をクビになる。まず出産だけでも金がかかるうえに、産むにしても子どもをどう育てていけばいいのか?すさまじく苦しい生活を自身と子に強いなければなるまい。あまりにも辛い未来が彼女の行く先に「固定」されてしまっている。
アーニャがあのような最期を選んでしまったのは、本当に痛ましい。ギリギリだったのだ。もはや自分ひとりのものでなくなってしまった命を抱えて崖の一歩手前で葛藤していたのだろう。死ぬなとは簡単には言えない。そうならざるを得なかった。
ただ、ものすごく厳しいことを言うと、職責上アーニャは今回の事件を未然に防がなければいけなかった立場でもある。そういう意味では、アーニャもまた責任を果たしていない。
もちろん元はと言えばすべてポニー運送が悪いのだが、アーニャは医療看護の学校も出ていないような医務員であり、そして船員のメンタルケアも十全に出来ていない。
穴の空いた船にあちこち水が漏れ出るようにカーリーとジミーの心が壊れていたにも関わらず、アーニャはむしろ相談する側に回ってしまっている。スウォンジーのもともとの偏屈な性格もあるだろうが、彼の不満にも「何か楽しそうですよ!」などと気づいていない始末であり、あまりにも他者に目を配れていない。事情が事情とはいえ、おそらくは今回の事件以前から自分のできないことを放置し他者に頼ることをよしとしてしまっているきらいがあり、劇中でスウォンジーからガラクタ呼ばわりされたり何度かジミーが怒るのもそういった背景が見て取れる。
任命された以上は、カーリーがそうであるように立場にふさわしくなるように努力しなければなるまい。後追いでも医療の知識をつけていくべきだったろうに、クルーの精神を配送終了まで保たせることができなかったことにはわずかながら彼女にも責任はある。
もっとも、次から次へと大嵐で大量の水を上から注がれる泥舟を沈まないようにしろというのも無茶な話で、無理難題を生み出し続けるポニー運送と今回のジミーに問題があるのは間違いない。この環境でさえなければ、もう少し明るい未来があっただろうに……。
(2024/10/27 追記)
つい昨日、Wrong Organが投稿した質疑応答の一節から。
アーニャが8回も医療の学校を受け、そのたびに落ち、ポニー運送の看護師訓練プログラムを受けて職務をおこなっているといった旨が書かれている。また受験対策の学費のためにポニー運送で仕事をしているようで、貯金がないのもそのせいだと思われる。
これによりアーニャは8回も試験落ちるくらい壊滅的に医療のセンスがないヤブ医者という残酷な真実のみならず、訓練といってもポニー運送の用意した研修という時点で……などなど恐ろしすぎる事実が発覚。これがこのゲームでいちばんホラーやろ
また本項でおれは「アーニャは今回の件を防がなきゃいけなかったのでは…」と指摘したが、心理学の本をたくさん熟読して頑張っていたことも明かされる。ゴメンなアーニャ、君は努力していたんだな……。頑張っていたけど壊滅的に医療に向いてないステータス能力値だったんだな……。
まあ何が恐ろしいって「アーニャはものすごく努力家で自分にできることをしていたが単純に人を診察する才能がまったくなかった」という無限に気が滅入る新事実を"Are there any little fun facts about the characters?"(なにかちょっとした楽しいキャラクターの設定とかある?)という項でWrong Organが開示してきたことなんだが……。こいつらマジで頭イカれとるんでは???????????
ダイスケ
本作の良心。幾度となくメゲそうになるプレイヤーをラストまで読ませる原動力と言っても過言ではない。どうか忘れないでほしいダイスケは我らの光であり──
まだ未熟で先が見えていない若さを感じさせるが、いつでも少しトボけた明るさを保っており極限状態ではひとりいてくれたほうがありがたいタイプ。スウォンジーからは酷評されるが熱意とやる気に満ち溢れており、時間さえかければ立派なエンジニアになれただろう。
彼とスウォンジーの関係は本当に切ないものがある。ダイスケはそのチャラそうな見かけやアホそうな言動とは裏腹に、しっかりと周囲を観察したり意図をよく理解している。経験が足りないだけで地頭がよく聡い人物なのだろう。
スウォンジーについては後述するが、ダイスケをきちんとインターンとして教育するように努力していたフシがあり、気を遣っていたことにダイスケ自身も気づいている。「口ほど悪い人じゃありませんから」と評し、ずばり気難しいスウォンジーの本質を言い当てている。ちょくちょくやらかしてシバかれているのに、互いに信頼しあう師弟としてタルパ号のなかでは一番安定した関係だったのが皮肉である。
物語中盤になるとさらに彼の本心が明かされ、一層人間的魅力が増す。無軌道でロクデナシのドラ息子だったと自分を恥じ、インターンを見つけてくれた母のために参加したことを吐露する。彼の明るく脳天気な態度は、もちろん大部分は素でそうなのだろうが……裏では人並みに物事を考え、悩みを抱えていながらわざと気丈に振る舞い黙っていることがわかる。
若いときの失敗というのは案外あとになってみると受け入れたり笑い飛ばせたりするのだが、その渦中にあるときはとてもそんなことは考えられない。やってしまった、自分はダメ人間なんだ、なんとかしなければ……。あくまでおれの想像だが、ダイスケはその焦りで頭がいっぱいで、親に恥じない人生を取り戻そうとがむしゃらに努力していたのかもしれないなどとも思う。
「お袋に罪悪感を抱えないでほしい」という言葉も、この状況ではかなり重たい。これまでの親不孝な自分の行動を反省しての言葉だけでなく、この事故でこのまま自分が死んだら母親はきっとインターンに行かせた自身を責めるのではないか、という意味合いも感じられる。いっとき反抗期でグレただけで本当は優しい子なのだろう。
スウォンジーが「忌々しい日差し」と称したこともむべなるかなといったところだ。明るく前途ある、素直でやる気のある若者だった。本当に残念でならない。
スウォンジー
口が悪いだけで言ってることはだいたい全部まともな人。表現が不器用なだけで面倒見のいいおじさんであり、作品を読み終わる頃にはカーリーに並ぶ常識人であったことがわかる。たぶんスウォンジーが嫌いなプレイヤーはいないだろう。
ダイスケには当たりが強いが至極真っ当な指導を行っており、基本を教えた形跡があったり、危険なところには立ち入らないように厳重に注意している。
インターンに対して、このブラック企業にあるまじきちゃんとした指導方針であったことが彼の誠実さをよく示している。こういったブラック企業においてはインターンを労働力として使うことなんかザラであり、1年間もの長期にわたって放り込まれたのも大方ポニー運送のそういう雑さがあってのことだろう。会社側はまともに教えてやろうなんざハナっから考えちゃいない。それをスウォンジー自身の裁量でなんとか教えつつ、日々次から次へと壊れるタルパ号(ジミーが本当に大丈夫なのかとカーリーに訊くほどだ)の世話も並行してこなしている。
これは実際に現実でも社会人をやっているとぶち当たる壁なのだが、新人教育と自分の本来の業務を配分を考えながら実行するというのはなかなかに難しい。なにか任せると必ず仕事を一個増やす特級ぶきっちょさんの面倒を見ながらとなれば尚更だ。おれもむかし教育を任された歳上の新人が何度教えても片っ端からExcelの関数ブッ壊して回るあり得ないほどヤバ………まあおれの話は置いておいて、マルチタスクで教育と業務を遂行できるあたりダイスケが超々々々熟練の腕前と表現するのもあながち大げさではないだろう。
労災意識が高いのも立派だ。
おれも仕事柄、ボール盤やバンドソーあたりの手に穴が空いたり指を飛ばしかねない機械を扱ったりすることがあるが、こういう作業は当然新人にはやらせない。仕事に慣れてきてからまず自分でやって見せ、さらに社内の規定どおり教育してからやってもらう。これは労災を起こすと会社が困るからという理由もあるが、「今後の長い人生の選択肢が狭まるから」でもある。
個人的な話になるが、一時期おれもダイスケのように定職につかずにろくでもない親不孝な生活を送っていたことがある。その後やっとまともになって職業訓練所に行ったりしたが、そこでこういう現場系の仕事でプレス機での挟まれなどで手足をやってしまった人とも何人か知り合った。そういった人が再就職に苦労していることも見てきたのだが……。明るく気丈で口に出しはしなかったが、「この歳で体をやっちまってまた仕事を探さなきゃならないのか」という憔悴がどことなく滲んでいて、若く五体満足のおれが仕事もせずどれほど甘ったれていたのだろうと思うこともあった。本人のせいではないにも関わらず、歳を取ってから仕事探しを余儀なくされることがある。
労災というのは「一時金や年金が出て終わり」ではなく、その後も人生が続いていくものだ。一生抱えて生きていかねばならない。
機械は危ない箇所の扱いを気をつければいいだけだが、壊れた船の修理となるといったいどんな危険が潜んでいるかわからない。そんなところに不慣れな人間を突っ込ませて怪我を負わせてもこの船にまともな治療設備はないし、飛んだ指を繋げられる医者もいない。スウォンジーはおそらく、そこまで考えてダイスケに指導していたように見える。こんなしょーもないカスみたいなブラック企業のインターンで一生引きずる怪我を負ったら大変だろう、というところまで考えていたのではないだろうか。
終盤のジミーへ語り聞かせる思いは本作の真髄が詰まっている。パンチラインとすら言えるだろう。
スウォンジーもまたダイスケと似て、自分の人生に迷っていた時期があった。長い間酒浸りになり身を持ち崩していた彼が、人としてまっとうになろうとしていた過去…。自分の家を持とうが、所帯を持とうが自分の人生に満足できず、酒に溺れていたときよりも「良い」と思えなかった。そんな中でダイスケを導くことに一縷の望みを見出していたことを明かす。
(まっとうになり仕事についてからの)禁酒が13年、定年まで近いということから逆算すると、30代後半までのとても長い間荒れた生活をしていたものと想像できる。運良く自分の意志の力で抜け出すことはできたが、その間そこから拾い上げて自分を導いてくれる人とは出会えなかったのだろう。ダイスケをまともに鍛え上げてやりたいという思いは、何者にも助けてもらえなかったダメな自分を重ねて「まだ間に合う若さだから」「コイツにはそうなってほしくない」といった動機からかもしれない。
ポッドがひとつ生きていることも、ジミーのあの荒れよう、アーニャの不安定さを考えると火種になるに決まっている。とても言い出せないだろう。
彼の発言を総合するに、始めはこっそりとダイスケを入れてやりたかったのではと推察できる。しかし途中でアーニャの事情を聞いてしまってスウォンジーは悩んだだろう。様子のおかしいジミ坊や実行犯の疑いがあるカーリー、自分は諦めるにしても二者択一を迫られる。アーニャを冷凍すればひとまず出産の問題を先送りにできるし、ふたつの命を救ったとも考えられる。しかしインターンという外部の人間で、若く可能性のあるダイスケを無事に帰してやるべきだという理屈もある。その重たい天秤を抱えながら誰にも相談できず、いざ見つかれば悪役を買って出るしかない。
結局、なにひとつうまくいきはしなかった。終点だ。スウォンジーはジミーに最後のツケを払わせようとしたが、それも叶わなかった。
スウォンジーは、荒れてはいたが難しい選択の中で最善を尽くそうとしていた。誰も彼を責めることはできまい。彼について考えるほどに「どうしてこうなってしまったのだろう?」それしか出てこない。ただただ哀しいだけだ。
カーリー
スウォンジーと並ぶ二大なんも悪くなかった人。見事な叙述トリックでクルーとともにプレイヤーがダマされていた。見た目怖いけど作中でちょくちょく良いこと言ってるのがニクい。
不眠、自分の責務、クルーのトラブル、将来、幻覚に悩まされながらもベストを尽くそうと努力し、部下に同じ目線で接してきた聖人。まあ強いていえば誕生日スピーチで解雇の話するのだけは良くなかったかも……。
これで良かったのかと自分のキャリアを疑問視しつつも、すべてが上手くいくわけではないさと自分やジミーに言い聞かせて落ち着こうとしていた。いわゆる中年期クライシスの真っ只中であろう。「これで全部?これが俺の全て?」登っても先のないハシゴと危険表示が無数に生えてくる幻覚は、ジミーとの会話の内容を思わせる。
とはいえ仕事はデキる方で、クルーたちとの関係は良好。ジミーを除けば概ね好かれていた(そのジミーも単純に嫌いというわけではない感じ)。自分も辛いだろうに、セルフコントロールして頼れる上司を演じていたあたり本当にかわいそうな人だった…。スウォンジーが彼から渡された斧をあんだけベロンベロンに酔っても握り続けていたあたりに信頼が表れている。
アーニャの件を解決できなかったのは残念だったが、カーリーであれば当座の生活費をポケットマネーから出すくらいのことはしそうだな、とは思う。
彼が会社からの通知を読み上げるシーンは山場のひとつ。カーリーが決定的に仲間と断裂して発狂するシーンと思いきや、実際はジミーにトドメを刺していたという真相がわかるとまた見方が変わる。
ジミーが言っていることもある種真実で、この中では唯一職を失わないのでちょっと精神的余裕がある立場ではある。もっとも、それにふさわしい苦労はしてきているのだが…。
事故後は全身の激痛に悩まされながら、まぶたを閉じることも許されずに迷走を続けるジミーを間近で見ることになる。彼の胸中はいかばかりだっただろうか。
カーリーが事故のことでジミーを憎みきっていたかというと難しいところで、「俺がやるべき…」と言いかけていたりなど本当はジミーのためにカーリーが事故を起こそうとしていた可能性もあった。彼が自分の気持ちを最後まで話すことが出来ないという仕掛けにも意味があり、舌を巻く。
ただ一度、ジミーが銃を取るところで大笑いするが……。あれは、ジミーの本質を目の当たりにして笑うしかなかったのかもしれない。
カーリーとジミーの関係にはとても難しいものがある。
ジミーとは長い付き合いで、ふたりとも地球で相当ひどい環境に身を置いていたのではないか、と思わせるセリフがある。貨物船の操縦とはほど遠い仕事……たとえば傭兵や、ストリートギャング上がりだったのかもしれない。カーリーからのジミーへの厚い信頼は、当たり前に死が転がっているような場所で互いに命を預け合う兄弟分だった、と考えるとしっくりくる。
スウォンジーやアーニャのような訳アリの人材が多いことを見るに、逆説的にそういうグレーな経歴の人間を採用するのはポニー運送のような企業しかなかった、とも考えられる。
悲しいかな、その信頼がカーリーの目を曇らせ、ジミーの荒んだメンタルを見抜くことが出来なかった。
あのとき、カーリーはなぜ笑ったのだろうか。ジミーが自分を裏切って暴走した末に無様な醜態を晒したことにだろうか。それとも相棒と思っていた男の心の軋み、コンプレックスを見抜けずに放置し続けた自分の失敗にだったのか。今となってはわからない。
いずれにせよ、カーリーは何も言えなくなってしまった。遺された者は勝手にカーリーの意思を想像し、都合の良い解釈や幻覚を当てはめるしかない。
ずっといっぱいいっぱいだった精神状態をひた隠しにして他者を救おうと奔走してきたカーリーが、最後になって形だけ救われるのはなんとも皮肉である。いつか救助されたとき、自分の手足も、船も、キャリアも、仲間も、最高のダチも失ったカーリーは何を思うのだろう。
ジミー
ジミーについてはどう言えばいいのか難しい。幼稚で立場に合っていない言動、人としてのキャパシティの小ささ、アーニャの件やそもそもこの事件を起こしてしまったことなどいくらでも欠点があるが、おれはどうにも憎み切ることができない。
ジミーは、おそらくいい時代もあったのではないかと思う。ダイスケがスウォンジーから荒っぽく扱われていることに「あんまりイジメられすぎんなよ」と冗談めかして気遣ったり、気の良いアニキとしての一面が見受けられる。
カーリーの異変をアーニャ以外でいち早く見抜いていたのも、さすが付き合いが長いだけある。カーリーの本音……このままでいいのかという悩みを吐露できたのも、ジミーあってのことだった。
問題の多い奴ではあるが、一番立場が上で誰にも弱音が吐けないカーリーをケアできる人物でもあった。ジミーは案外、ホル・ホースよろしくナンバー2の才能がある男だったのではないか。すべてが順調であったなら、副操縦士というのは天職だったのかもしれない。
しかし、彼の心は嫉妬とコンプレックスでとうの昔からバラバラに砕け散っていた。
ジミーからカーリーへの感情、それは愛憎だった。自分を置いてどんどん昇進し、ついには会社に残ってこれからも仕事がもらえるカーリー。みんなから尊敬されるカーリー。周囲からも評判がいい偉大な船長カーリー!カーリー!!カーリー!!!
ジミー自身が野心家だったことも悲劇だった。むしろあまり高みを望まないカーリーとは逆だったほうがよかったのかもしれない。
ジミーの粗野な言動やなんとなく明かされる地球での経歴から想像するに、本当はアウトローとして荒事に向いた人物だったのだろう。兄貴分のカーリーに手を引かれてポニー運送に来てしまったことがそもそもの間違いだったのか……そんなふうにも思わせる。
アーニャを襲うなど自分に染み付いた荒んだ過去がいつまでも抜けないのに、兄貴分のカーリーだけはさっさと社会に馴染んでカタギのいい子ちゃんを”うまく”やっている。それでもずっとふたりでやっていけたならまだしも、自分を見捨てて昇進する姿で決定的に亀裂が走る。
カーリーは気遣ってはくれるが、いままでうまくやれている(ように見える)カーリーには自分の気持ちなどわからない。あるいは、本当は心身をすり減らして頑張っているカーリーのお荷物になっている自分を自覚するのが嫌だったのか。かつての相棒として憎みきれない友情、うまくやりたくてもやれなかった自分と対比しての羨望、アーニャの未来に取るべき責任がグルグルと渦を描いて爆発する。
ジミーが望んでいた船長代理となってからも、カーリーの言葉を真似ていたことが悲惨だ。無意識なのか自覚してなのか、結局のところ、カーリーの上っ面をコピーするくらいしか彼にはできなかった。
アーニャに詫びることも守ることもできず、ダイスケを焦って傷つけ、スウォンジーの配慮も台無しにし、取るべき責任を取れず起こしてしまった過ちがマスコットキャラクターのポレの姿で苛み始める。
迷走の末に、もはやどうにもならなくなった彼は都合の良いカーリーの幻影にすがって救われようとする。この作品の実に厭味ったらしくて、それでいて秀逸なシーンでもある。カーリーは本当に赦してくれているかもしれないし、そうではないかもしれない。いずれにしてもカーリーは何も言えない。勝手な妄想で勝手に満足し、想像上のカーリーに詫びて幕を閉じる。実に後味の悪いエンディングだった。
ジミーは黒幕であるうえに自己満足だけで動いたり、いくつも余罪があるせいでプレイヤーから恨まれがちだが、おれは哀れなヤツだなと思っている。
分不相応な自分が到底なれない立場に憧れを抱いて、それをすぐ近くでこなして見せる奴がいて、仲が良い相手なので憎みきれない。間近にいる太陽に目を灼かれ続けながら、お前がいなくてはダメだと言われ続ける。まともな大人になることもできずに、どう責任をとったらいいかもわからない。アーニャに責任を取ると言っても、ジミー自身も解雇されて明日がわからないということも考慮すると、少し難しいところがあるだろう。
やったことは悪いことだが、そもそもこの生き方に水が合っていなかったのに無理をしていた、というふうにもおれには感じられる。明らかに狭い金魚鉢に入れられてエサもなく水面でプクプク酸欠にあえぐ魚に共食いをするなというようなものだ。
なにひとつ許せない、カスで空虚な男だ。しかし舞台がもう少し違えば、カーリーとうまくやっていた未来もあったかもしれない。のし上がってリーダーシップを身に着けていたかもしれない。
ボタンをかけちがえた末に、全部の糸がほどけてグズグズに崩れてしまった。ある意味では本当に不器用な男だと思うよ、おれは。
そのほか良かったところ
言いたいことはだいたい言ったので、その他ゲームそのものの仕組みとしてよかったところをいくつか挙げていこうと思う。
比喩表現
具体的に明言せずに、ジミーが「何」を恐れていたかポレ人形を使って暗喩していたのが凄かったなぁと思う。
縦筋が入ってる肉塊にエコーみたいなの当てるってもう、完全にアレですやん!とも思うがギリギリで下品になってないのが絶妙だった。
この直後のムカデポレ人形からの逃亡もなかなかよくできている。これは当然ジミーが自分の子供を認知したくないということを示しているんだが、実は追いすがってくるポレ人形を振り返って直視すると動きが止まるってのが憎たらしい。問題を直視して受け止めれば解決したかもしれないよ、ってことをゲームプレイのナラティブに織り込んで自然に伝えてくる演出になっている。
本作はこういった比喩表現をたくさん盛り込んでいて、実際にプレイすることでグッと嫌な味わいを伝えてくる。動画を見るだけなどで済ませちゃった人は、ぜひ今からでも嫌な気持ちになってほしい……!(最悪)
尺の短さ
驚くべきことにこのゲーム、これだけの重たく長大な物語、キャラクター同士の深い関係性を思わせながら3時間もかからないで遊び終わる。しかもお話自体はわりあいわかりやすい。
「映画は90分が至高」というのはちと言い過ぎだがこの短さでこそ発生する味わいがある。語らないことで想像させる余韻があり、ちょうどおれのように一万字超の記事を書くほどに魅了する引力を生じさせる。
語ったこともすばらしいが、語らないでばっさりカットした決断力、切るべき場所を見定めた絞り方も白眉だ。おれが長い記事書いといてアレなんだが、文章をダラダラ引き伸ばすなんてことは時間があれば無限にできる。
シナリオは「消す」ということが一番難しい。だって自分が面白いと思って生み出した内容なのだから。自分で面白いと思って生み出したものを「いらない」と否定するのはなかなか勇気がいる。つらい作業だ。
Wrong Organがゲームの形でプレイヤーを虐待するサディスト集団であることは間違いないと思うが、そのぶん丁寧な作り込みでフェアに彼らも産みの苦しみを味わっているのもまたわかる。
でもなんか…人を傷つけるために自分も傷つけるって相当変態なんじゃないか?わざわざつらい内容を見つめて掘り返して感想記事書いてるおれが言えた義理じゃないが……
結局ストアページの「マウスウォーッシュ!!!!」って洗口液掲げるノリノリのトレイラーは何だったんだろうね
えっ…
わかんない……
たぶん制作陣ですらわかってなさそう。正直本編よりあれが一番口の中に変な味残りませんかね……?
人の足切って配管パズルで食わすゲームとか魚がビチビチ跳ねるキショいゲーム喜んで作ってるところに意味を求めてはいけないのかも……
<了>