おばあちゃん事変記 2
つい先日亡くなった祖母。
私は祖母と一緒に暮らしていたとき、出来るだけ祖母に見つからないように……と息をひそめて暮らしていました。
というのも、見つかると何かしら用事を言いつけられるから。
幼いころから20代初めまで同居していましたが、小中高の間、休みの日に午前中から出かけられたことがありません。
わりと大きめの一軒家だったのですが、洋間・縁側・台所・玄関(無駄に広い)・階段を掃き拭き掃除。
ベランダ(無駄に長い)を掃き掃除して犬の便などの始末。
やたらたくさんある植木に全部水やり。
玄関の土間を拭き掃除。
玄関アプローチと玄関前階段を掃き掃除して、アプローチに敷き詰められてる砂利の間の落ち葉を全部ひろう。
仏間と茶の間の掃除機かけ。
お風呂場の掃除。
洗濯。
↑ これらが全部終わらないと、出かけさせてもらえなかったのです。ほぼ午前中いっぱいかかる。しかも、掃除している間に祖母に姿を見られたら、
「あ、それからあっちもやっといて」
なんてミッションが増えていくのです。もう出来るだけ見つからないように、息をひそめての行動です。でも見つかるんですけどね。
洗濯干しているときも、干し方にいちいち注意してきて。
しかも祖母が注意した通りの干し方をすると、翌日それに対して「そんな干し方じゃダメ」と言ってきます。
……って、これ嫁が姑にやられるヤツじゃん、と今更ながら思って、逆に笑ってしまいます。
この生活をして、良かったことと悪かったことがあります。
良かったことは、まぁ掃除ができるようになるというだけ。
悪かったことは、この日々の反動で大人になってから本当に本気で掃除が嫌になってできるだけやらないようになってしまったこと。
そして、どんなやり方をしても祖母に怒られるので、自分で考えてやることを放棄するようになったこと。指示された方法じゃないと怒られるので、自分で考えてやることが無くなりました。
これが一番の弊害だったと思います。なんでも怒られると、思考が停まる。
ですが、不満はたまるので、常々こう思っていました。
『タオル干すときに洗濯バサミをどこに付けてもいいじゃん』
『植木の水やりも、そんなに順番とか水のやり方にこだわりがあるなら、自分でやればいいのに』
『玄関、無駄に広いうえに毎日毎日、土間まで雑巾がけいるか』
などなど。
ちなみに、祖母にやらされてる掃除は祖母世帯の住居部分なので、二階の私や母らが暮らすゾーンは掃除していません……。
という事を思い出しながら、今住んでる家で玄関掃除をするのでした。祖母にやらされていた掃除に比べて、ちっさいちっさい。
……て、もしやこの日のために、あの嫁いびりのような日々があったのだろうか。あ、ありがたや?
でもおばあちゃん、私、いまめっちゃ掃除嫌いなんです(笑)
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