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パリに帰って大掃除

めちゃめちゃ楽しみにしていた
湯島ねこ祭りもキャンセルとなり、
荻窪音楽祭もキャンセルとなり、

とにかく搭乗日を待った。

そしてパリに向かった。

家に着いてみると、
オリンピック後のサンドニは、
非常に騒がしい状況が続いていたと知った。

一昨年亡くなった隣のおばあちゃんの家は、
今年に入り、不法占拠されたままだった。
おばあちゃんの娘さんは、
知的の障害があり、法的手続きもできず、
そういった悲劇が起きた。

その影響が私の家を始め、
近所全体を脅かした。

私の家は、近所の人と一緒に、
日本で言うセコムのような
セキュリティーを入れた。

カメラがじっと見ています。

そして通りに住む人たちがお互いに、
見張りをするようになった。

サンドニ•オリンピックにより、
人の流れが変わり、
家の周りも、その影響があった。

新しいレストランやホテルが立ち並び、
人種も変わり、
20区までしかないパリが、
大きくなっていく。

パリ市内の高級地区や
人種が混雑するパリに隣接する市も、
こういった流れが変わる時は、
非常に不安定な状況になった。

そして今、サンドニの番である。
ここは、パリ周辺の最後の膿を出している
最後の地域である。

くすぶっていた犯罪が増える。

犯罪の温床ともなるアパート住人は、
パリの外に、もっと外に、
追いやられていく。

かわいそうだが、そうなると町は整い、
不思議ときれいになり、
騒動がおさまっていく。

貧しいから犯罪を犯すのか、
金儲けのために犯罪を犯すのか。。

サンドニは新幹線が通り、かなり便利になる。

2000年代のラ•デファンスと同様、
フランスの主要な会社が、
高いビルを建て、
サンドニに移転して来ている。



私は家に着いてすぐ、心機一転、
部屋の壁紙を変えてみた。
そして、寝室の部屋を広い部屋から
小さな部屋に移ってみた。

この小さな部屋は、
ここの前の持ち主の寝室でもあった。

ここの元の持ち主は、
ブルターニュの人だった。
ブルターニュの民族衣装の写真が、
家に残っている。

私はいつも、その人をおばあちゃんと呼んで、
話しかけている。

戦争を超えているこの家を
大切にしたいなと改めて思った。


そして、急なのだが、10月27日に、
パリで、ライアーのミニコンサートを
することになった。

フランスの激しくも、
ゆったりした空気の中で、
ピアノやライアーの音を聴くと、
その空気を伝わる響きが細かく美しい。

この立体的な音が私は好きだな。
今、プログラムを考えているよ。

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