朝日新聞が報道した「平和よみがえる南京」の写真特集。①(日本軍による虐殺などなかった証明)を紹介します。
この本は、数年前に、深田匠先生から送っていただいた、著者・田中正明氏の本です。送ってもらって大事に仕舞ったら、どこに置いたのか、他の書類に紛れて、長い間、捜し出せなかったのですが、昨日発見しました。
この本の内容は、私というより、日本の皆さんが読むべき本なのだと気づきました。だから、単元ごとに書き、全文を載せようと思っているところです。この本自体は、平成6年に発行されて、これは、平成10年版ですが、そもそも数が少ない貴重な本ということです。
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いわゆる「南京虐殺三十万」などは全くの虚構で、中国の作り話にすぎない。だが、この冤罪は日本民族永遠の恥辱であり、拭いがたい歴史的汚点である。当時朝日新聞が報道した数々の写真や記事は、南京占領当時のありのままの姿を描写した第一級資料である。しかるに、戦後「朝日」は一転して「南京大虐殺」をはやしたて、遂に小・中・高校の教科書にまで掲載されるに至った。事実は一つしかない。「朝日」よ、売国奴的改ざんはやめよ。
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東京裁判から始まった事件
いわゆる「南京大虐殺」、中国の言う「南京大虐殺」事件なるものは、中学校、高等学校の歴史教科書はもとより小学校の教科書にまで載るようになり、世界大百科事典や外交事典など権威ある辞書にも掲載されており、もはや動かしがたい歴史的事実のごとく宣伝されている。
しかし、南京に何十万人もの大虐殺があったという事件が一般に知らされたのは、旧日本軍が南京を占領した昭和十二年十二月から約九年間を過ぎて日本が敗北し、占領国によって、国際法までも無視した無法な極東国際軍事裁判(俗称「東京裁判」)が開かれ、その裁判の渦中で、突然、降って沸いたように宣伝されてからのことである。
それまでは、一般国民はもとより、この南京戦に参加した数万の日本軍将兵も、取材にあたった約百二十人の新聞・雑誌社の特派員やカメラマン、そのほか占領直後南京に入城した西條八十、草野新平、大宅壮一、小林秀雄、野依秀一、杉山平助、林芙美子、石川達三といった著名な詩人、評論家、作家のだれ一人として、見たこともない、噂にすら聞いたこともない事件であった。つまり、全くなかった事件なのである。
しかも、日本人だけではない。南京は国際都市である。占領後も残留した五十名以上の第三国人(南京安全区国際委員会十五名の委員を含む)もおり、揚子江には英米の艦船がおり、そのうえニューヨーク・タイムス、シカゴ・トリビューンやA・Pの特派員、パナマウントのカメラマン等、外国人記者も五名もいた。かれらも大虐殺など見てもいないし、聞いてもいない。
従ってそれまでは、南京大虐殺などというような記事は世界のどこにも流布されていなかったのである。当時、中国に味方していた国際連盟の理事会でも総会でも問題になっていないのである。欧米の新聞にも取り上げられていないのである。
松井大将は上海で二回外人記者団と記者会見を行っているが、そこでも虐殺に関する質問などなかったのである。
教科書には「日本国民には知らされなかった」とあるが、当時、政府も軍も、南京での出来事を喋ってはいかん、書いてはならぬ、といった箝口令をひいたわけでもない。だいたい初めっからなかったのだから、箝口令の必要などなかったのである。 (P,3~4)
※ 深田先生から本の紹介の了解を得ています。