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本が自分で作れるかもよ、と

今日は、
朝からどきどきとしていました。

どうしてかと言えば、
星野灯さんに、
直々に(ファンの方すみません!)
冊子の作り方を教えて頂ける、
という日だったからです。

いつものギャラリー喫茶あいうゑむさんにて。
DMを受け取りにきたいろはさんと、
のりさんもご一緒のなか、
Wordでとにかく本分をつくります、
そしてこの製作所のページをひらき、
まずここをクリック、、、
と、それはもう小学一年生のような感じで全てを描き留め、
質問をすれば懇切丁寧に答えてくださり、
なんとかメモノート4P分の教えを胸に、
私は最高にうれしいと思っておりました。

これで、私の本を作れる!
ハードカバーではなくても、
きちんとした表紙の、
製本されたものを作ることが自分で!!

そう思って、
そして他の方の話を聞きながら、
ああ、私って本当に不純に言葉を愛しているなぁと思いました。
不純、というのは違うのかもしれませんが、
(そう言ってくださったやさしい方が)
私は、自分の言葉、私を通してこの世界に置かれた言葉たちに、
価値をあげたいと思っているようです。
それは私の死んだあともどこかに残るような場所であったらいいのに、と思うくらい。
私を残したいのではなく、
私を通すと決めてくれた言葉を、残してあげたい。と。
私は、
家族と言葉を天秤にかければ、
迷うわず言葉をとると公言しています。
そういう私を一番にしてしまったじろうさん(夫)と、
それでも信頼はしてくれるし、愛情も感じてくれる子供たちのお陰で、
なんとか人らしく生きて行けていますが、
私だけだったら、もう人を捨てていたような気もします。

文芸を高め合う場所に出向き、
人の感想に向かい合った。
そこから自分の正確な色を認識し、
そして強みを自身で決められました。
冊子を作ることを覚え、
色んな形でひとの手に渡していくことができるようになった。
そして今、自費出版という形の本を作ることを進めている途中です。
その間の、
製本所に頼んでの本づくりを獲得したようです。
うれしい。
これで好きな本を、好きな形で作れる。
そして形を得た本を、どんどんと誰かに手渡していける。
(押し付けるともいう)

もし上手くいけば、
10月のグループ展に出せないだろうか、、、と考えています。
表紙のデザインは頭にあるので、
これをじろうさんに作ってもらって、、、笑
『わたしの朝』と『わたしの夜更け』とか、『わたしの手のひら』とか、
“わたし”シリーズでも作りたい。

それにしても、
もうどんな言い訳も追いつかない、
自己顕示欲の大きさだというのを認識してしまいました。

それだけが大きくならないように、
気を付けて、
それでも折らずに、尖らせていきたいと思っています。

私の人生は言葉に溶けおち、
一滴の原色を足せるものになりますように。

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