THINK TWICE 20200531-0606
5月31日(日) MY PODCAST STARTS TODAY
予告していた午前10時よりちょっと前に、Podcast「THINK TWICE RADIO」第1回をmixcloudへアップロード。
次いで、ぼくのHP、note、Twitter、Facebook、そしてInstagramにて告知文をアップ。
文章は基本的に流用したけれど、直リンを張れないInstagramには詳しいガイダンスを、noteにはジャケ写やトラックリストを掲載───と、各プラットフォームごとにちょっとずつ調整が必要なので面倒くさい。
タモさんのように「おーい、これ張っといて」のひと言で誰かが飛んできて、代わりにやってくれたらどんなにいいか……。
まま、なにはともあれぼくの番組が始まりました。
ラジオといえばちょうどさっきこんな記事を読んだんです。
村上さんのラジオ。
早いものでスタートから2年が経とうとしています。先日のステイホームスペシャルで14回目、2週間後の6月15日に第15回の放送も決まってます。
ここまでコンスタントに続けるとは誰も予想していなかったはず。*1
村上さんは典型的な〈目立つのは嫌いだけど人前に出るのはイヤじゃないタイプ(京都生まれの芦屋育ち)〉だと思うので、ラジオは性に合ってるのかもしれないですね。
山下達郎さんもここ一ヶ月位、サンデーソングブックを在宅で収録しています。今日の放送なんて「おうちアカペラ&おうちカラオケで棚からひとつかみ」というテーマで、トークだけでなく、シングルCDに収録されている自分のカラオケを使った〈歌ってみた〉音源だけを流すという、相当トリッキーな内容でした(いいぞ、もっとやれ!)
コロナ禍によって、いちばん影響を受けなかったメディアがラジオでしたね。録音や生放送ができず、何週間も再放送を流した───という番組をぼくは知りませんし、自分が月イチで出演しているラジオも、一度も休むことなくスタジオに出かけて、生放送が続けられました。
ふつうのラジオ局でも、こんな形の番組を持ちたいのは山々ですが、過去の経験から言って、そんなにいい条件でやらせてもらえないでしょう。それなら尺も内容も自由、楽曲の使用料も各アーティストに分配されるわけで、これで全然いいじゃないか、という気持ちでいます。まだ公開して数時間しか経ってないけど、音楽だけをノンストップで繋いだものより、再生回数は順調に伸びていますしね。もっと早くやればよかったな(笑)。
もちろんDJミックスより作るのは大変だけど、面白がってくれる人がそれなりにいるなら作り続けられると思います。なんせぼくは典型的な褒められると伸びるタイプなので。
内容、収録方法、機材、公開するプラットフォーム(このままmixcloudか、はたまたYouTubeやSpotify、AppleMusicなどがいいのか)については今後も試行錯誤していきます。
これからもどうぞよろしく。
6月1日(月) I WANT MORE
Amazonのウォントリストに、登録した動機がわからなくなった商品って、けっこう無いですか?
ぼくはあります。それもごまんと。
でも、Amazonは商品ひとつひとつにメモが付けられるようになっているので、登録するときに何かひと言書いておけばいいんですが……まあ、実際めんどくさいですよね。
これがCDやレコードならYouTubeなどで聞き直して、ピンとこなければ買わなきゃいいし、欲しいなら改めて購入のチャンスを伺えばいい。
でも、それが書籍となるとよくわからない。中身をネットで立ち読みできるものはそう多くないですからね。かと言って、リストから消すのはしのびない。なにかしら大事なことが書いてあるかもしれないので。
そうやって謎の商品がどんどん溜まっていくのです。
古本やCDはAmazonだけでなくブックオフオンラインにも網をかけています。こっちのリストにはメモの機能がありません。
ブックオフの場合、通販は1,500円以上買わなければ、送料(368円)がかかります。数百円の文庫本を1冊欲しいだけなのに、ほとんど同額の送料を払うのは癪です。そういうとき、ウォントリストに放置されている謎の本の価値が急にハネ上がります。
「一度は自分が興味をそそられて、登録したんだから、つまらない本なわけないだろう」とタカを括るわけですね。
都合のいい女、ならぬ都合のいい本、です。
でも、実際に買って読んでみたらつまらなかった───という経験がぼくにはあります。
これもごまんと。
で、何が言いたいかというと、性懲りもなくそういう理由で購入した本がたいそう面白かった、という話です。
ジム・B・タッカー/リターン・トゥ・ライフ ― 前世を記憶する子供たちの驚くべき事例
過去生記憶(別人格として生きた記憶)、生まれ変わりを扱った、ふだん手に取らないテリトリーの本で、なおかつ興味を持った経緯もきっかけも記憶にない(記憶に関する本なのに……)のですが、ひさびさに読み進めるのが楽しい本でした。
THINK TWICE RADIOの第三回のテーマはこの「リターン・トゥ・ライフ」に決定。詳しい内容やどういうところが興味深かったか───という点についてはそのときゆっくりお話しますね。
6月2日(火) #blackouttuesday
午後、写真家の阿部健くんとひさしぶりに電話。
彼には次に出る『富士日記』本(7月末〜8月には出ます!)に協力してもらっていて、他にもずっと温めている別の企画もあり、ほんとうなら今くらいの時期には形にできていたものがあったはずなんだけど、状況が状況なので思うようにならず。
その一方で、このコロナ禍の中で、あそこからここに繋がってると想像もしなかった謎のトンネルが開通して、滞ってたアイディアが一気に前進する可能性が見えたりするので、人生って楽しいですね。
さて、今日。
Instagramを中心としたSNSのユーザーが、白人警官の暴行によって亡くなったジョージ・フロイドさんへの追悼と、人種差別に対する抗議運動への連帯を示すため、黒一色の画像を一斉に投稿し、#blackouttuesday というタグと共に世界中へ拡散しました。
つい先日、noteでも紹介したNetflixのドラマ『アトランタ』 *1 でも、アメリカの黒人たちが白人たちから二級市民扱いを受け、いかに虐げられているかという現状が描かれていたことを思い出します。
ジョージ・フロイド事件の直前にも、アマード・アーベリーさんが殺害されたケース *2 、またニューヨークのセントラルパークのケース *3 が立て続けに起きていたことや、COVID-19による主に低所得者層へのダメージ、長いロックアウト生活など、圧力釜には爆発寸前までエネルギーが溜め込まれていて、それがこれらの事件をきっかけにして、一気に噴出したように見えます。
一方で、破壊や略奪などを伴った暴力的な抗議活動ばかりが、メディアでセンセーショナルに取り上げられたり、SNSで拡散されることが、かえって事実を湾曲して伝えるという側面もあるようです。
つい最近、ドラッグストアやスーパーマーケットから衛生用品や食料品が消えるパニックバイが、報道によって煽りたてられ、かえって深刻なダメージになることを、ぼくたちも日本で経験したばかりです。
また、COVID-19の感染が拡がっていく中、アジア系の人々が諸外国で受けた差別、同時多発テロの後にアラブ系の人たちが受けた差別、隣国のメキシコなどから流入するヒスパニックや他の移民たちが上げる声は、これほど大きなうねりにはなりませんでした。
とりわけアフリカン・アメリカンの人々が、今日まで受けてきた差別や理不尽な弾圧は酷いものだし、自由意志の元で移民として渡ってきた人たちと、奴隷として無理やり連行された自分たちの祖先は違うんだ……という意識の差も理解できます。*4
しかしながら、ぼくもアメリカで二度ほど実際に、そうした人種の違いがもたらす緊張を味わったことがあります。
どちらもそれはレコード屋で、相手は黒人でした。
1995年のニューヨーク旅行の際、ヒップホップ専門のレコード屋で12インチを物色していると、突然、黒人の客にからまれました。すぐに店員が彼を店から追い出し、事なきを得ました。言葉はまったくわかりませんでしたが、突然、自分が口汚く罵られたことだけははっきりとわかりました。
その数年後、ロスアンゼルスの中古レコード屋に買付で行ったとき、店主から「なるべく外から見えないところにいてくれ」と注意されました。
訪れていたレコード屋はコリアタウンと隣接する地域にあって、韓国系の住人たちと黒人たちの間では、たびたび抗争が起きていました。
ぼくたちが訪れる直前にも小さな諍いが起き、現地の新聞でその記事も目にしていたのですが、アジア系のぼくたちがトラブルに巻き込まれないように(もちろん店の評判と彼のビジネスも守るために)最大限配慮するから、と店主が約束してくれて、ぼくたちは出かけることにしました。
実際、レコードを選んでいる間に、近所の人たちがぼくたちの様子を伺いに来て、そのたび店内はなんともいえない空気が流れました。しかし、店主がひとりひとりに「彼らは日本人だから」と声をかけ、それ以上、大きな問題になることはありませんでした。
皮膚を直接火で炙られるような、死に直結する緊張感は、日本の暮らしではまったく経験がなかったし、それ以降も経験したことがありません。そして、今でもその感覚ははっきりと蘇ります。
6月3日(水) BLACK SQUARE
#blackouttuesday で拡散した黒い正方形の画像から〈何を見ても何かを思い出してしまう〉ぼくが連想したのはこれでした。
真っ白に塗られたキャンバスに描かれた、ただの黒い正方形。
もし、これがオークションに出品されたら、市場価格は100億円とも200億円とも言われている、20世紀抽象絵画のマスターピース『黒の正方形』(1915年)です。
作者のカジミール・マレーヴィチ(1879年〜1935年)は、ポーランドで生まれ、その後、家族とともにキエフに移り住みました。父親は製糖工場を経営していて、カジミールは14人兄弟の長男でしたが、成人を迎える前に5人のきょうだいを亡くしています。
砂糖はさとうきびではなく、ボルシチでおなじみのビーツが原料でした。彼が暮らしていた町には貧しい小作人たちがたくさんいて、彼らの厳しい生活の心の支えとなっていたのが、宗教絵画(イコン)でした。人々は日本における神棚のように家のなかに飾ってそれを拝んでいました。
彼らが崇拝するイコンの強力なパワーを、マレーヴィチは心に刻むと同時に、その力を超える芸術とはなにかということを、画家として模索していきます。そうしたプロセスの中で、絵画から宗教性、社会性、政治性などいっさいのテーマ彼は自分の絵からいっさい剥奪してしまいました。
つまり何かを見て、何かを描く、とか、何かを表現したくて、こう描く、神様のかわりに拝めるような絵はダサい! と考えたわけです。
マレーヴィチは自分が理想とする芸術の様式、アーティストとして追い求める精神を「シュプレーマティズム(Suprematism)」と名付けました。*1
先ほどの「黒い四角形」ほか、マレーヴィチの作品は当時のアートシーンに衝撃を与えました。
そして49歳で初めてロシア国外に出て、シュプレーマティズムの啓蒙に邁進します。ドイツのバウハウスで教鞭を取ったり、オランダの芸術運動「デ・スティル」、ロシア構成主義にも大きな影響を与えるのですが、1930年代に入って、スターリンによる恐怖政治がはじまり、前衛芸術への弾圧が始まると、その作風を放棄して、具象画に転向します。
Kazimir Malevich / Summer Landscape, 1929
測量技師として生計を立てながら、57歳で亡くなるまで絵は描き続けていたのですが、最晩年に彼が描いた自画像がこれでした。
Kazimir Malevich / Self-portrait, 1933
かつてキャンバスを黒一色で塗りつぶした男の絵にしては、いかにも普通のタッチですよね。
実は最後の自画像のマレーヴィチ、イコンの聖母と同じポーズをしています。自らの芸術家としての出発点であり、超越すべき存在でもあったイコンに対する敗北宣言の意味でしょうか?
しかし、もういちどマレーヴィチの自画像の右下隅あたりを見てください。署名の代わりに「黒い正方形」が描かれているのがわかりますか?
芸術家としての反骨精神はどんな弾圧に屈することなく、シュプレーマティズムの探求は彼が死ぬまで貫かれたのです。
6月4日(木) AKSAK MABOUL
夕飯の買い出しがてら、アクサク・マブールの40年ぶり *1 のアルバム『FIGURES』を聞きながら、近所を散歩。
アクサク・マブールは1977年に結成したベルギーのアヴァン・ポップユニットです。もともとは二人組のバンドだったのですが、リーダーのマルク・オランデルを中心とした、さまざまな演奏家が自由に出入りするゆるやかな音楽集団に変化します。
正式なアルバムは1977年の『頭痛の為の11のダンス療法(Onze Danses Pour Combattre la Migraine)』と、1980年の『ならず者のように(Un Peu de L'âme des Bandies)』のたった2枚。*2
マルクは1981年にクラムド・ディスクというレーベルを設立して、アクサク・マブール、ハネムーン・キラーズといった自身のバンドの他に、ザズー・ビカイ、ミニマル・コンパクト、タキシードムーン、ジョン・ルーリー、フレッド・フリスといったニューウェイヴ〜ポスト・パンクのアーティストたちの作品を続々とリリースし、90年代以降は民族音楽や世界各地のポップ・ミュージックを熱心に紹介してきました。
アヴァン・ポップは、AOIRと違って、批評家やファンの間でちゃんと流通している言葉ですが、そのフィーリングを正確に言語化することはAOIR並みに難しいかもしれません。
簡略的に説明するなら───たいへん愉快な音楽なのに、じつは相当に狂っていて、尖っていて、ひねくれている。あるいは童謡のように牧歌的で朗らかな音楽に聞こえるけれど、政治や社会的構造を鋭く風刺している───つまりそのような音楽をアヴァン・ポップ(アヴァンギャルド+ポップ)といいます。*3
その先駆者というべき音楽家がフランク・ザッパです。
1966年に自身が率いるバンド「マザーズ・オブ・インベンション *4」でデビューし、ロックンロールやサーフミュージック、ドゥーワップなど、ベタベタの大衆音楽に見せかけて、じつは政府の福祉政策を鋭く批判した歌詞だったり、超高難度なインストゥルメンタル曲に「Prelude to the afternoon of a sexually aroused gas mask(エロいガスマスクの午後組曲)」とバカバカしいタイトルをつけてみたり、あるいはアメリカ議会の公聴会に出席して、歌詞の検閲に真正面から反対したり、最終的には大統領選に出馬しようとさえしました。
ビートルズが1966年にリリースしたアルバム『リボルバー』は、ライブでは再現できない楽曲が収録されるようになり *5、同じ年の夏以降、彼らはコンサート活動をいっさい封印し、そのまま1970年に解散してしまいました。また、ビーチ・ボーイズが同様のアルバム『ペット・サウンズ』を出したのも1966年です。
60年代後半になると、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、イエスなど、プログレッシヴ・ロックと呼ばれるバンドがイギリスから次々と登場し、クラシック音楽のアルバムのような長尺の楽曲を収録したアルバムを発表しはじめます。*6
やがてプログレッシブ・ロックは、イギリスのカンタベリー周辺のプログレバンドをカンタベリー・ロックと呼び、クラシックの室内楽(チェンバーミュージック)のように弦楽器や木管楽器などを採り入れたものはチェンバー・ロック、そして何週間か前に紹介したドイツのバンドならクラウト・ロック───といったふうに細分化され、表現するサウンドの個性も枝分かれしていきます。
アクサク・マブールは先ほどのカテゴリー分けで言うと、チェンバー・ロックにあたります。名作のほまれ高いセカンド・アルバム『ならず者のように(Un Peu de L'âme des Bandies)』に入っている「モダン・レッスン」を聞いてみてください。
ボ・ディドリースタイルのジャングル・ビートに乗せて、マルクの吹く木管楽器やゲストミュージシャンのフレッド・フリスの弾くフリーキーなチェロがコラージュのように飛び出してきて、めちゃくちゃかっこいいでしょう?
かたや今作はマルクにとって、子どものような世代のミュージシャン *7 も参加して、サウンド的にはずいぶん若返った部分もあるんだけど、それも作品の一要素に過ぎません。2枚組全22曲を聴いていると、20世紀から現在に至るさまざまな音楽的記憶がブリコラージュされた、アクサク・マブール版ポップ・ミュージック百年史のように聴こえるんです。
アルバムの最後に入っている「Tout a une fin」は8分35秒 *8 にもおよぶ大作で、マルクにとって……またアクサク・マブールという歴史ある音楽集団にとっても、これが最後の作品になることを宣言するような楽曲でした。
歌詞を読むとわかるように、この曲はアントニオ・カルロス・ジョビンの「3月の水」にインスパイアされています。 *9
じつは今年3月、ぼくが毎月出演しているラジオ番組で、このジョビンの「3月の水」を紹介しました。コロナ禍による動揺がいっそう拡がりつつある頃で、リスナーの方々と今、共有したい曲として取り上げました。
番組で話した内容と、尺に入り切らなかった話題をリエディットして、ちょっとした読み物に仕立てたので、明日はそれをアップしたいと思います。
6月5日(金) Águas de Março
前回、ぼくが出演したのは2月15日だったんですが、そこから一ヶ月ちょっとで世界の雰囲気や街の空気感はガラッと変わってしまいました。*1
いつものように特集テーマをどうするか悩んでいたのですが、実は出演する日を勘違いして、一週早い3月14日だと思いこんでいたんです。
ホワイトデーにちなんだ特集を考えていて、グループ名とか曲名にクッキーやキャンディという言葉が入った音楽を選曲してました。ほんの二週間前までは、もうちょっとのんきに暮らしていた証拠です。
とにかく土曜の朝10時、このスマイルミックス *2 を聞いてくださっている方へ向けて、どんな話題をお届けすればいいだろうか……と自問自答しました。
で、3月に絡めた企画として、ボサノヴァを生んだ天才音楽家アントニオ・カルロス・ジョビンの代表曲「三月の水」を、今こそ一緒にじっくり聞いてみよう……という特集を組んでみました。
アントニオ・カルロス・ジョビンの名前を知らない人も「イパネマの娘」という曲なら知ってるはずです。
1962年にジョビンが作曲し、外交官で、ジャーナリストでもあった、盟友のヴィニシウス・ヂ・モライスが作詞を担当しました。
その後、スタン・ゲッツ、ジョアン・ジルベルト、ジョビンの演奏で、アストラッド・ジルベルトが歌った英語バージョンが1964年に吹き込まれて、それがアメリカで大ヒットすると、日本も含めた世界中でボサノヴァが一大ブームになりました。
「三月の水」は「イパネマの娘」からちょうど10年後の、1972年に作られて、これもポルトガル語詞と英語詞の2つのバージョンがあります。前者は「Águas de Março(アグアス・デ・マールソ)」、後者は「Water of March」というタイトルが付けられました。
メロディラインに大きな起伏は無く、サンバを代表とするブラジル音楽特有の、楽曲全体がゆったりと回転しているような円環構造を持っていて、不思議な高揚感があります。ドラムス、ギター、ピアノ、ジョビンの歌という骨格に、名編曲家クラウス・オガーマンがオーケストレーションした、シルキーなストリングス、軽やかな管楽器が彩りと厚みを添えた、とてもエレガントで、ロマンティックな曲です。
歌詞はどちらかと言えば抽象的で、日常風景、ありふれた物質、人間や動物の営み、自然のうつろいといったものが、脈絡のない短い言葉の羅列によって、まるで環境映像のように切り取られています。歌詞を追いながら聞いていると、俳句や徘徊に近い表現だな、と感じます。
英語詞を翻訳してみたので読んでみますね。
ちょっと前、Netflixでブラジルの政治についてのドキュメンタリー(『ブラジル ー消えゆく民主主義ー』)を見ました。
1972年のブラジルは軍隊が武力によって国を統治する、いわゆる軍事政権の時代でした。
体制に反発する学生たちや大学教授などの知識人、革新的な政治組織のメンバーなどが猛烈な弾圧を受けました。拉致、暴行、拷問など、非合法な暴力も政府によって公然と用いられていたのです。
その一方、ブラジル経済はかつてないほどの成長を遂げていて〈ブラジルの奇跡〉と呼ばれる好景気の時代でもありました。もちろん金持ちになるのは一部の人間だけ。貧富の格差は庶民の間にどんどん広がっていきます。
また行き過ぎた開発によって、自然環境は容赦なく破壊されていました。
この頃のジョビンもまたボサノヴァの世界的な人気の反動で、かつての音楽仲間や評論家たちから、半ばやっかみのような批判を受けたり、奥さんとの関係も冷え込んでいました。
メンタルはボロボロで、精神分析医によるカウンセリングも受けていたようです。
ポッソ・フンドという、リオデジャネイロの喧騒から遠く離れた田舎町に暮らし始めたジョビンは環境問題に熱心に取り組み、豊かな自然と向き合いながら、自分自身の音楽を追求していきます。
今からお聞かせする「三月の水」は『マチータ・ペレー』というアルバムに収録されています。
これはジャングルの奥に棲む、人間には決して姿を見せず、鳴き声だけが聞こえるという、ブラジルの民話「Saci」に出てくる鳥の名前から取られています。
またブラジルの3月は、地球の裏側にある日本でいうと9月くらいの気候です。ちょうど雨季にあたるので、この「三月の水」とはおそらく雨水のことでしょう。
ジョビンが「三月の水」を作った頃、彼はお酒に溺れ、家庭を顧みなくなっていました。そして50歳(今のぼくと同い年です)の誕生日の翌朝、何十年も連れ添ってきた愛妻テレーザから三行半を突きつけられます。彼の洋服はすべてトランクにまとめられて、玄関に置かれていました。彼は荷物ごと自宅を追い出されてしまったのです。
そのあと彼は二人目の伴侶、アナという女性と出会い、新たに子供もつくり、彼女と幸せな人生を送ります。
ジョビンはこの曲を、どんな先行きの見えない状況においても希望を忘れず、どんなときでも万物に神様や愛が宿ることを信じぬく───そんな心の救済と、世界の再生を祈って作ったのではないでしょうか。
止まない雨はないように、どんなことにも終わりが来ます。
誰しもの心の中にある歓びを日々感じながら、そのときまで希望を持って、この旅を続けていきましょう。
それでは、スマイルミックスのリスナーのみなさんと一緒に今、笑顔で聞きたい一曲ということで、アントニオ・カルロス・ジョビンの1973年のアルバム『マチータ・ペレー』より「三月の水」英語バージョンです。
どうぞ───。
6月6日(土) Ampersandsは"&"っていう意味ですよ
午前中、皮膚科でちょっと前から気になっていた、背中の小さなできものを取る簡単な手術を受けました。部分麻酔をされて、封筒に宛名書きでもしてんのかな? と思ってたら終わってた。今日は一日シャワーも風呂もNGだけど、明日からは普通に入れるそうで。
切除した部分は念のため、生検に回してもらうことに。何事もなければいいのですが。2週間後に抜糸。
それはそうと、mei eharaさんの新譜『Ampersands』のLP盤を東京にいる信濃川あひるくんに確保してもらいました。
LPは完全受注生産って形で、早々に公式サイトからも消えて、少量だけレコード屋に出回ったのですが、その在庫ももちろん瞬殺。
───で半ば購入はあきらめてましたが、Spotifyでアルバムを聴いているうち、どうしても所有欲がムラムラ湧いていました。しかし、メルカリやヤフオクでも下手すると定価の倍の値段で売り買いされていて。*1
そんな呪いの言葉を呟いてるとき、meiさんがこれをリツイート。
そ、それ、ぼくが買います!
───と思って、HMVの在庫をチェックしてみたら、この吉祥寺店と新宿店の2箇所だけ在庫有りの表示が。
その時点で予約し、あとからどうするか考えればよかったんだけど、育ちがよくて、民度が高いぼくなので(笑)「まず、取りに行ってくれる人の都合を聞いておかないと!」と考えたわけです。
それで、あひるくんにお伺いのLINEを送り、彼の返事を待っていました。
約1時間後、彼から返信が。
「もちろん問題ないですよ! 取りに行きます! でもミズモトさん。HMVの在庫をぼくも調べてみたんですが、もう無いみたいですよ」
───そうなんです、返事待ちの間に在庫はきれいさっぱり売り切れていたのです。
このときぼくは気づきました。
どうして2週間前に売り切れていたはずの在庫が、突然、新宿と吉祥寺にだけ残っていたのか。
これはつい1ヶ月ほど前のことですが、ぼくは似たような経験をしていました。
ハンドドリップでコーヒーを淹れるとき、粉の膨らみを見ながら、何段階かに分けてお湯を注ぎますが、これをいつも感覚でやってたんですね。それでもまあそれなりに美味しいコーヒーにはなっていた。
しかし、行きつけのカフェがコロナ禍の影響で、テイクアウトだけの営業形態になってしまい、家でコーヒーを飲む機会が格段に増えていたこともあって、ここはひとつキッチンスケールを買って、お湯の量を確認しながら、厳密に淹れてみようじゃないか、と思い立ったんです。
それで、ニトリに行ってみたところ───無い。
まったく無い。
スケールは見事に棚から消えていました。近くにいた店員さんを捕まえて、事情を聞いてみたところ、外出自粛の影響で特にお菓子づくりに関する商品の需要が伸び、売り切れてしまった、と。そして次の入荷は6月末になる───と。
その後、2軒ほどホームセンターを回ったのですが、まったく同じ状況でした。新型コロナウィルスが来たりて、この世からキッチンスケールを忽然と消してしまっていたのです。
失意のなか、ダメ元のつもりで市内の中心地にある、一番大きいデパートの中にある東急ハンズに行ってみました。
すると、どうでしょう。
あるなー、よりどりみどりだ。
実は、写っていない下の段にも、大型のものが何種類か置いてあって、全部で20種類くらいはあったかな。
キッチンスケールにこれだけ細かいスペックの違いを欲する人がいることに、少し感動したくらいです。
このときぼくはピンときました。
先程のニトリやホームセンターは営業時間を短縮しつつも、ずっと営業を止めずに続けていたんですね。
しかし、ハンズが入っているデパートは、GW前から約1ヶ月ほど休業を続けていたことで、店頭の在庫が塩漬けになり、世の人々のステイホーム〜お菓子作り欲求の絨毯爆撃から免れていたわけです。
で、先程のHMVですが、吉祥寺店はコピス、新宿店はアルタという商業施設に入っています。meiさんのアルバムは5月13日発売で、どちらのビルもこのとき全館休業していたのです。つまり、キッチンスケールと同じ現象が起きていた!
この瞬間、ぼくのずる賢い脳みそが動き出しました。伊達に妹から「兄ちゃんの悪巧み力はカツオばりだね」と子供の頃、呆れたように言われたぼくではありません。
あひるくんが暮らしている阿佐ヶ谷には古書コンコ堂という古本屋さんがあって、カクバリズムのアイテムが少量在庫していることを知っていました。
コンコ堂は東京都の休業要請もあり、その日(6月1日)の時点では、まだ自粛を続けていたのですが、3日から営業する旨、Twitterでちょうどアナウンスしていたのです。
あひるくんがすかさず駆けつけてもらうと、そこには予想通り在庫があり、ほしかったレコードは手元にやってくることになったのですが、これは単なる自慢話がしたかったのではなく(笑)、たとえば震災のあとや、今回のような事態が発生したとき、いずれも社会問題になったパニックバイを避けるための、社会的な知恵になるんじゃないか、と思ったんですね。一斉に店が商売を自粛をすることも時に大事かもしれませんが、こうした分散営業という手段もあるかもしれないですよ。*2
まあ、とにかくmei eharaさんの『Ampersands』はとってもいいアルバムなので、みんなも聴くといいと思います。