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レモンの香り/短編1052字【夏の香りに思いを馳せて】

席替えで今日からあのひとの隣。
「野口さん、悪いけど、平田さんの隣でもいい?」
断れない私にお鉢がまわってきた。
別に、いいですけど。

「よろしくお願いします」
軽く会釈する。
「・・・・・・」
返事なしかいっ。
噂通り、無愛想な男。

ぱしぱしぱしぱし。ぱしぱしぱしぱし。
「あのー・・・、これ、良かったらどうぞ」
ミルキーいっこ差し出す。
「すみません。歯にくっつくんで」
ぱしぱしぱしぱし。ぱしぱしぱしぱし。

・・・・・・。

LDが来た。
「野口さん。すみませんが至急この案件
お願いしていいですか?」
「かしこまりました」
ぱしぱしぱしぱし。ぱしぱしぱしぱし。
ふええ、5時の納期に間に合わないよー。

「それ半年前に私が担当した案件です。
よろしければ私がしましょうか」
とつぜん語りかけてきた。
「えっ・・・いいんですか?」
「どうみても間に合いそうにないでしょ」
ムカーッ。

まあ、その通りだけど。
すみません。お願いいたします。

平田さんは愛想が無い、口も悪い、
誰にもおもねらないし誰も彼に喋りかけない。
でも誰よりもきれいにカタログを作る。
だから面倒な案件はたいてい彼に回ってくる。
平田さんは絶対に断らない。

絶対に断れない者同士の平田さんと私。

昨日代わりにやってもらったし。
歯にくっつかなかったらいいかなあ?
「あのー・・・、昨日はありがとうございました。
これ、よろしければどうぞ」
黄金糖いっこ差し出す。

・・・・・・

しばしの間。
のち、無言で、受け取ってくれた。
よかった、黄金糖は間違いない!
黄金糖最強!

受け取る左手。秒で右手も確認。
指輪は、していない。
とっさに口から出る言葉よ、
ああ、待って待って!

「あの、少し行ったところに最近、カフェができたんです。
ランチが結構おいしいので、よかったら行ってみませんか?」

・・・・・・

長い沈黙。

「すみません。カフェ飯は好きじゃないんで」

(´・ω・`) ショボーン
吉牛だったらいいかなあ? 松屋だったら・・・
そういう問題じゃないのよ。

あ~あ、昨日、あんなこと言わなきゃよかった・・・
気まずいなあ・・・
先に来ている平田さん。
平田さんは誰よりも早く出勤する。

「おはよう・・・ございます」
「おはようございます」

ん? この香り・・・
これまで嗅いだことのないにおい。
が平田さんからただよってくる。
制汗剤のレモンの香り。

なんでなんで?
どうしてどうして?

「あの。・・・これ、どうぞ」

黒飴いっこ差し出された。

びっくりしてガン見してしまう。
心なしか、ちょっとだけ、口元がゆがんでる。
もしかして照れてる!?

今日、吉牛、誘ってみようかな。