見出し画像

戦力で推したいお洒落 #毎週ショートショートnote

学校へ行けなくなった。生徒会長と学級委員を兼任し、陸上と軽音と書道部に所属。困った生徒がいれば解決に導くべく教師に掛け合い西に東に奔走する正義のヒーロー。もちろん勉強も学年一位を維持しなきゃ。何でもできるカッコいい男・岡野弘樹を演出すべく、ずうっと、寝る間を惜しんで全てに頑張ってきたんだ。

でも、もう疲れた。僕の中で何かが折れた。

日曜の朝。ベッドでぼうっとしているとチャイムが鳴った。誰もいないのか。服を着て仕方なく扉を開けたら知らない女の子が立っていた。白いセーターに赤いチェックのロングスカート。全身ユニクロと覚しきチープな格好。彫刻刀をすっと引いたようなその・・・っそい目は・・・芳野敬子だ!

動揺した僕は芳野敬子を中に入れてしまった。リビングの椅子に座った芳野敬子はしばらくもじもじしていたが、顔を上げると一気に言った。

「学校へ来てよ。・・・来年は受験シーズンだし」

「行かないよ。学校なんか行きたくなければ行かなくていいんだよ。行かなくても受験は出来るし。今どきそんな説得は逆効果だよ」

「そうね。私もそう思うわ」

あっさり翻しやがった。何なんだ。

「だいいち僕がいなければ芳野さんが学年一位だ。その方がいいだろ」

「そんなのどうでもいいよ!」

間髪を入れず返され僕は押し黙った。こいつは教室の隅っこでいつも岩波文庫の源氏物語を読んでいる気色悪い女だ。肩までの海苔みたいな髪に今どき牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけて。その眼鏡どこで売ってるんだ。そういえば顔も教科書に載っている紫式部に似ている。

文化祭の準備でみな夜遅くまで作業して猫の手も借りたい忙しさだった。喋った事のないこの女に看板に色塗るの手伝ってと頼んだら「塾に行かなきゃいけないので」とサッサと帰っていきやがった。ガリ勉の上に塾に行っても万年二位か、笑わせら。そうこいつは学年一位の僕の下にいつも金魚の糞みたいにくっついてくるんだ。

それが今、薄く化粧をして僕の前にいる。眼鏡をコンタクトに変えて。髪も緩く・・・巻いて・・・いる? まさか告りに来たのか!? 冗談じゃない。お洒落なんかしたってお多福がちょっとマシなブスに昇格しただけだ。僕は笑いを堪えるのに必死だった。芳野敬子は真っ赤になりながら声を絞り出した。

「・・・じゃあ、時々来ても、いい?」

「嫌だね。迷惑だ。あのさ。岡野君いつも頑張ってたもんね~あなたの辛さ分かるわ~とか言いにきたのかもしれないけど、人の心に寄り添うなんて無理なんだよ。おこがましい。僕の心は僕のものであって、他人からとやかく言われたくないんだ。誰にも踏み込まれたくないんだ。放っといてくれよ」

芳野敬子はじっと聞いていたがだんだん泣きそうな顔になって僕は言い過ぎたかと思ったが、本当に迷惑なので黙っていた。時間が過ぎた。時計の音がやたら大きく聞こえる。芳野敬子が帰ると言った。

玄関まで見送ってやると突然芳野敬子が振り向き、手にしていた紙袋を差し出した。

「これ、よかったら食べて」

近所の洋菓子店のクッキーだ。突っ返すのは可哀想かと思いしぶしぶ受け取った。わずかに指が触れた。芳野敬子の爪は淡い桜色に塗られていた。

それを見て不覚にも僕はちょっと可愛いと思ってしまった。


(1324文字)
長くなりすみません。
たらはかに(田原にか)様の企画に参加させていただきました。