界のカケラ 〜121〜
小さい子供が大人に向かって、矢継ぎ早に話すのと同じように話していた。それが楽しくて相手のことを考えずに一方的に話し続けている姿は、側から見るとおじいちゃんと孫のようになっていただろうと思う。
昨日初めて話した、それも数時間だけなのに、なぜこんなにも話してしまうのだろうと私でも思っていた。話し始めたら懐かしい感じがして、いつまでも話していたい。
でもそれができる時間は刻一刻と短くなっていった。
「なあ、四条さん」
「はい。なんでしょうか」
「もし私が死んだら、棚に入っている小さな布袋を四条さんに預けたいのだが良いだろうか」
「布袋ですか?
もちろん良いですけど、私にですか?」
「ああ。なぜだか四条さんに持っていてもらうのが良いような気がしてな」
「今、その布袋を見ても良いですか?」
「ああ、そこの右から二段目の引き出しだ」
言われた通りに棚の右から二段目の引き出しを開けた。そこには手のひらに収まる程度の赤い上下が縫われた布袋があり、四隅が少しほつれていたが綺麗な状態だった。
「これは何ですか?」
「結衣が毎年誕生日になると作ってくれたお守りだ。
亡くなる二年前まで作ってくれたが、それは最後に作ってくれたものだ」
「このような大事なものを私に?」
「ああ。昨日寝るときにな、結衣の声が聞こえたような気がしてな。
夢だったかもしれないが、はっきりと『薫さん。四条さんにあげてください』と言っていたんだ。だからこれは四条さんに持っていてほしい」
「分かりました。そういうことでしたら」
普通なら不気味で断りそうなものだが、私には昨日の経緯もあることから抵抗なく受け取った。でもなぜ結衣さんが私の名前を知っているのだろうか。そこが謎だったが、昨日、私の本名を名乗ったのが、生野さんの頭の中で変換されたのだろうと思うことにした。
「ありがとう。結衣も喜んでいると思う。
きっと持ち物は捨てられるか棺桶の中に入れられて燃やされてしまうだろうから、四条さんに渡せて良かった。大事にしておくれ」
「はい。もちろんです」
返事を返した後に、かすかに囁くゆいちゃんの声がした。
「ありがとう…… かおるちゃん……」
頭が痛くなっていないのに声が聞こえるのは初めてだった。いつもは痛くなってからか、真っ暗な状態だけだったのに、さっきのははっきり聞こえた。
でもこれでようやくはっきりした。ゆいちゃんは結衣さんなのだと。
生野さんが私のことを結衣さんに似ていると言っていたのはあながち間違っていなかった。もちろん顔は違うだろうから雰囲気だけだろう。このことを生野さんに話していいものなのか。もし話してはいけないものだったらどうしよう。何か起きてしまうのだろうか。
色々迷っているうちに、生野さんが静かにフッと息が抜けたことに気付いた。
「生野さん? 生野さん!」
何度名前を呼んでも呼びかけには応じなかった……
私は急いでナースコールのボタンを押した。
「ナースセンターです。生野さんどうされましたか?」
「医師の四条です。生野さんの息が至急、担当医と蘇生装置の準備をお願いします。
私は今から心臓マッサージを施します」
「了解しました」
先生や機器が到着するまで一所懸命に心臓マッサージをした。
しかし、息を吹き返すことはなかった。
先生方が駆けつけ、機器を使った蘇生措置を施しでも生野さんを呼び戻すことは出来なかった。
先生たちや看護師のすすり泣く声が聞こえた。普段人の死に最も身近にいて慣れている人たちが泣くというのはよほどのことだ。それだけ生野さんの存在は特別なことを表していた。
私は涙がこぼれ落ちないように上を向いていた。
堪えようとしても堪え切れるものではなかった。
サー…… サー……
何かが飛んでいるような音がしていた。