界のカケラ 〜41〜
市ヶ谷さんはずっと黙ったままだ。
だが、それは生野さんの言葉を頭の中で反芻させているからかもしれない。それがなぜわかるかというと、生野さんの目を見て話を聞いては空を見上げて考え込んでいる節があるからだ。私は市ヶ谷さんが少し前向きに捉えていることが感じ取れた。
人は上を向くときは前向きかポジティブなことを考えることしかできないからだ。逆に下を向くとマイナスな面を引き出してしまい、ネガティブな思考が多くなる。上を向きながらネガティブなことも考えられるが、大抵は深くは考え込めない。よくできた本能だと思う。行動は思考や感情には嘘をつけないのだ。訓練次第ではできるが、無意識からの行動は本人にも気がつかない。
もしそれができてしまうなら、他人からはそれが不自然に見える。そういう人間はどこか冷たく、ロボットのようであり、死んだ魚の目をしていることが多い。まあ、私はそういう人を見たことがないから、似たような人を想像してしまうが。
市ヶ谷さんは今までどのような人生を送ってきたのだろう。
コミュニケーションはしっかりとれているから、生まれつきこのような性格や人格であったわけではなさそうだ。彼の考え方や性格を変えてしまうような出来事があったはずだ。私はそれを引き出して彼の助けになりたいと思っていた。
いや、助けたいというのは私のエゴだ。彼を助けることで自分を見つめ直したいのだろうか。そうではないと思いたい。
医者として助けたいというのが半分以上を占めてはいるが、彼の抱えている何かが私に必要な答えの一部であるかもしれないことに期待をしていることの方が優っている気もする。
そしてそれはきっと生野さんのためにもなっているのかもしれない。なぜだか私は直感でそう思ったのだ。だから私は彼が不機嫌になり、心を閉ざしてしまうかもしれないリスクを覚悟して聞くことにした。