界のカケラ 〜72〜
ゆいちゃんが戻ってくるまで少し時間がありそうだったので、生野さんにさっきの市ヶ谷さんと深鈴さんとのやりとりが見えていたり聞こえていたりしたかどうか聞いてみることにした。
「生野さん、さっきの市ヶ谷さんともう一人の方のやりとりは見えていましたか?」
「ああ、女性かどうかはわからなかったがそれらしき人が市ヶ谷さんのそばにいて、何か話しているのは聞こえていたよ」
「話していることはわかりましたか?」
「話していることまではわからなかったな。四条さんには聞こえていたのかね?」
「はい、すべて聞こえていました」
「そうか・・・ 何を話していたんだい? 女性らしき人影ががいなくなってから市ヶ谷さんは人が変わったようになっているのだが」
私は市ヶ谷さんがなぜあのようになってしまったのか、その根本的な原因や解決するためにどんな話をしたのかを全て話した。生野さんにはこの話をしても通じる気がしていた。不思議な体験をしているもの同士だから理科してくれるはずだ。
「そんなことがあったのか・・・ それは彼も長い間辛かっただろうな・・・ よく今日までその状態で生きてきたものだ。自殺未遂をしたとはいえ、もうそこまで追い詰められていたのかもしれないな」
「ええ。本人の意識にはなかったことですが、そうではない部分が本質的に影響していて、問題とは言いたくないですが、要因がそこにありました。あのまま私たちだけだったら、そこには気づけませんでした。なのでゆいちゃんが深鈴さんという方を連れてきてくれなければ、今のあの様子の市ヶ谷さんにはなりませんでした」
「今の彼は幸せそうだな。最初に会った時と顔つきも血色も全く違う。人があれほど変わるのはこの歳で初めてだ。人はきっかけ一つでああまで変わるのか」
「そうですね。私も急激に変わっていく彼を見て驚きました」
「ところで、さっきから四条さんの話に出てくる『ゆいちゃん』とは誰だね? 私たち三人と人影くらいしかいなかった気がするのだが・・・」
しまった。そうだった。ゆいちゃんは生野さんには見えないのだ。つい見えていると勘違いしていた。どうやって説明しよう。ゆいちゃんと会ってからの方がいいだろうか。どうして見えるようになったのかから話した方がいいのか。想定外のことに動揺してしまい、言葉が出てこなくなった。