界のカケラ 〜97〜
「このお菓子の箱や個別の包みのイラスト、私、気に入ってるんです!
いくつも種類があるんですよねー」
静寂した空気をかき回すように少し前のめり気味に姿勢と声を張った。少々大げさな感じではあったけれど、これくらいしないと返事を返さないかもしれないと思った。
「私もこのイラストは好きです……」
一瞬顔を上げて、ボソッと口ごもりながら小さな声で答えてくれた。
「このお化けの表情、可愛いですよね。表情や仕草が役割ごとに違っていて細かいですし。
私ね、昨日色々なことを体験したんですけど、それに関わった人の話を聞くうちに思ったことがあるんです。
人はそれぞれが影響しあって、今の自分を作っているのだということを。それがどう影響するかは分かりません。良い影響もあるでしょうし、悪い影響もあります。でも、それがその時判断できるものかどうかは、実はそんなに多くないと思うんです。
後になってそれが良かったとか、最初は良かったのに結果的に悪かったなんてことはたくさんあります。
最近のことで言えば、日向さんが私を突き飛ばして、頭を怪我させたことです。
私は最初驚いたのと同時に、何で自分が助けた人にこんな仕打ちをされなければいけないのだと思いました。はっきり言って腹が立ちました。それに怖くもなりました。話をしたくても怖くて病室に入れず、結局今日まで会うことが出来ませんでした。
今日会いに行けて、今こうやって私の部屋で話していられるのは、昨日の経験のおかげです。その経験が出来たのは怪我をしたからです。この怪我をしなければ、ただ患者を助けて、親身になる普通の医者でした。もちろん普通の外傷的な怪我ならそれで十分です。
でも心の傷はすぐには治りません。それは精神科医の領域なので、それ以外の、特に私のような緊急性を要する分野には重荷になります。一人だけならいいでしょうが、全員は到底不可能です。特別扱いなんていうのも許されませんしね。
それでも自分が何か直観的に引っかかる人には、病院内だけでも出来るだけのことはしたくなりました。それが私の役割だと思えたのです。
だから日向さんが抱えているものを私にも抱えさせてもらえませんか? 一人で無理に抱え込こもうとしなくても良いんです。きっとあの時起きたことは日向さんの抱えているものを私が一緒に抱えることになるための出来事だったんです。
日向さんが私をまだ信頼していないことも、怪我をさせたことで引け目を感じて気まずいのも分かります。でももし出来るなら、話せる範囲で構わないので話してはいただけませんか?」
「わかりました……」
誠意が通じたのか、必死さに諦められたのか、根負けしたのだろうか。ようやく話が進みそうだ。きっとゆいちゃんがくれたヒントのクッキーはこういう使い方ではなかったかもしれない。もっとうまく聞きだせる話の流れがあったのだろうと思うが、私なりに一生懸命にやったのでどんな結果になっても後悔はない。