界のカケラ 〜57〜
「何て言っていたかわかる?」
「ううん。わからなかった。だからお姉ちゃんのところに行こうとしたの。そうしたらお姉ちゃんが真っ赤になって」
「徹くんは赤くなってなかったの? 痛くなかったの?」
「うん。なってなかった。痛くなかった」
「お姉ちゃんは痛くなかったのか?」
「お姉ちゃんは泣いていたから痛かったと思う」
「そのあとは?」
「お姉ちゃんは笑って、そのあと目を閉じたまま開けてくれなかった」
「そのあとは?」
「いっぱい知らない人たちが来て、大きな声を出してた。あ、それと救急車が来てたよ。お姉ちゃんも僕も一緒に乗った」
「それがどういうことかわかっているの?」
「お姉ちゃんは赤かったからケガをしたんだと思う。でもそのあとお姉ちゃんを見てないんだ」
「お姉ちゃんはかわいそうだったね。それからどうだったの?」
「なんかたくさんの人が集まってお坊さんも来てた。お母さんとお父さんは、お姉ちゃんのお母さんとお父さんに泣いて謝っていたよ。他の人も泣いていたよ」
「徹くん、お姉ちゃんが死んでしまったっていうのはわかる?」
「うん・・・ お姉ちゃん死んじゃったのはこのときわかった。だから悲しかった・・・」
「もう会えないし、一緒に遊べないもんね」
「うん・・・ もっと遊びたかったし、勉強も教えて欲しかった」
「そうだよね・・・」
「でもね、もっと悲しかったのは、お姉ちゃんが死んじゃったことをみんなが忘れていってしまったことなんだ」
「なんでそう思ったの?」
「だってね、お姉ちゃんのお母さんに聞いたんだ。お彼岸でお墓参りに行くたびにお花が少なくなって、命日も誰も来た様子もなくなって、仲良くしていた友達も連絡がこなくなったって」
「そっかあ。それは悲しいね」
「だからね、僕はそのとき思ったんだ。生きているときは覚えていても死んでしまえば忘れてしまう。それなら誰にも覚えてもらわなくていいって。だってどうせ忘れちゃうんでしょ? だから無駄なんだって。話していることも一緒に遊んだことも忘れちゃうんでしょ? 覚えていてもしょうがないじゃん」
「それは違うと思うよ」
「違わないよ! じゃあなんで誰も会いにこないの! 僕はお姉ちゃんにいつも会いに行ってたよ! でも僕の親もお墓参りに行かなくなったよ! みんな忘れちゃうんだよ! だから僕は誰のことも覚えない! 誰にも覚えてもらわなくていい! みんな無駄なんだ!」
彼はこのまま口を閉ざしてしまった。
彼の心には大きな傷があった。すごく純粋な心を持っていた子供の頃の市ヶ谷さんは、このことがきっかけで今のようになってしまったのだ。子供の頃の傷は大人になっても残ってしまうことの方が多い。お姉ちゃんが亡くなったことで彼の傷を癒すことは難しいが、ゆいちゃんがお姉ちゃんを連れてくることができれば癒せるかもしれない。ゆいちゃんが戻ってくるまでは何もしないほうが良いのだろうか迷っていた。