高級品
気がつけば,私はそれほど高級ブランドに興味がない。なんかいいなと思ったものが高級ブランドだったことはあるが,わざわざ何ヶ月も我慢して,高級品を買おうと思ったことはない。今まで一括で払った高額会計といえばMacBookProを買った時の15万円だろうか。これは私の中ではかなり異例で,正常な精神状態ならまず勝っていないだろう。きっとMacBookAirを選んで10万円で済ませている。
大人になるにつれて1万円の価値が下がってきた。自分自身の感覚というよりも,日本全体の物価の問題である。日常生活で簡単に1万円が消えていくようになった。本当に1万円の価値がある時もあるが,手数料や消費税の積み重ねが簡単に1万円に達する。気持ち良くない。
そうはいっても,日々の生活の中で見つけた,なんかいいなと思うものに比較的簡単にお金を出している気がする。所謂,金遣いの荒い感じだ。だから,高級ブランド品を変えないのだろう。
しかし,買えないというより,そもそも欲しいと思わないパターンが多い。誰々がどこどこの高級ブランド品でお揃いにしたときいても,そうですか,と思うだけだ。世間一般には羨ましかったり,自身も真似したかったりするものなのだろうか。
改めて見てみると,僻みによる逆張りのように見えてきた。攻撃的な人はそうやって貶めてくるだろう。まあそれはそれで受け入れよう。僻みの気持ちがゼロとは言い切れない気がする。それでも,私にとっての高級感とはブランド品を並べて満足するより,安い飛行機で沖縄に行って,それほど高くない民宿の庭で酒を飲んで,気が向いたら海を眺めて,何もすることないなと感じることである。もしくは,家から30分ぐらい歩いた喫茶店にて,700円ぐらいのコーヒーとドーナツをセットで注文して,何時間もダラダラと本を読むことである。日常の延長の非日常が必要なのである。FOSSILの腕時計は欲しいけど。せいぜい3万円。