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読み切りギフト小説『ギフトの王子さま』
— 第1章 出会い —
透子(とうこ)は、駅前の小さなカフェに座っていた。
冬の夕暮れ、オレンジ色の光が窓から差し込み、ホットミルクの表面に淡い影を落としている。
「寒くなったねえ」
カフェの店主が、透子の隣の席にカップを置きながら話しかけた。
「ほんとですね」
透子は頷きながら、手のひらをカップの温もりに包み込む。
彼女はこのカフェが好きだった。
この場所には、慌ただしい日常とは違う、どこか穏やかな空気が流れている。
いつものように、静かに時間を過ごしていた。
そんな時だった。
カフェのドアが軽やかに開き、一人の男性が入ってきた。
「こんばんは!」
弾むような声。
透子は、ふと顔を上げた。
彼は、どこにでもいるような普通の人だった。
毛糸の帽子をかぶり、少しくたびれたコートを羽織っている。
それなのに、不思議と目を引かれた。
彼はカウンターで注文を済ませると、振り返り、透子の向かいの席に座った。
偶然のようで、必然のような距離。
そして、そのまま透子を見つめて、にこりと笑った。
「あなたもボランティアの人?」
透子は驚いた。
「え?」
「この間の炊き出しで見かけた気がするんだよね」
彼の声は、どこか親しげで、初対面とは思えなかった。
「……あぁ、はい。参加してました」
「だよね! 僕もいたんだよ。ちょっと遅れて来たけど」
彼はそう言うと、カップを持ち上げ、嬉しそうに一口飲んだ。
「寒い日に飲むコーヒーって、なんか特別だよね」
「そうですね……」
透子は戸惑いながらも、彼の自然な話し方に心を解かれ始めていた。
「僕はね、こういう活動、もうずっとやってるんだ。楽しいからさ」
「楽しい……?」
透子は思わず聞き返す。
ボランティアを「楽しい」と言う人に、あまり出会ったことがなかった。
大抵の人は「誰かのために」とか「世の中の役に立つから」と言うものだ。
彼は、透子の疑問をよそに、頷いた。
「うん、楽しいよ。だって、贈り合いができるから」
「……贈り合い?」
透子がその言葉を反芻したとき、彼は優しく笑って手を差し出した。
「僕は、ギフトの王子さま。よろしくね!」
透子は、一瞬、冗談かと思った。
でも、その名前は、なぜか彼にぴったりだと感じた。
「……透子です」
ぎこちなく答えながらも、彼女は心の中で、小さな灯がともるのを感じていた。
その夜、透子は帰り道を歩きながら、ギフトの王子さまの言葉を思い出していた。
「贈り合い」
彼は、何を意味していたのだろう。
ボランティアは、助けが必要な人に何かを渡す活動だ。
それを「贈り合い」と呼ぶのは、彼の感覚なのかもしれない。
でも——
透子は、その言葉に引っかかりを感じていた。
(私は……ちゃんと受け取れているのかな?)
人から「ありがとう」と言われても、「いえいえ」と軽く流してしまう癖がある。
誰かが何かを贈ってくれようとすると、「そんな、申し訳ない」と遠慮してしまう。
それが「当たり前」だと思っていた。
でも、王子さまは「贈る」だけでなく、「贈り合う」と言った。
(……私、何か受け取ったこと、あったかな?)
ふと、幼い頃の記憶が蘇る。
小学生のころ、母親に「今日も頑張ったね」と言われたことがあった。
でも透子は、「そんなことないよ」と笑って流してしまった。
あのとき、素直に「ありがとう」って言えていたら——?
その答えは、今もわからない。
透子は、空を見上げた。
街灯の光が、雪に反射して優しく輝いている。
(……私も、もっと受け取っていいのかもしれない)
そんなことを思いながら、透子はギフトの王子さまとの再会を、どこかで楽しみにしていた。
— 第2章 贈り合いのはじまり —
透子は、あの夜以来、ギフトの王子さまのことが気になっていた。
あのカフェでの出会いは、何かの偶然ではなく、運命のように感じられた。
そして、その直感は正しかった。
週末、透子はいつものボランティア活動に参加していた。
公園で炊き出しをしていると、見覚えのある姿が視界に入った。
「あっ……!」
王子さまがいた。
彼は、紙皿を手にして、笑顔で配膳を手伝っていた。
周囲の人々と楽しげに話しながら、自然に場に溶け込んでいる。
「透子さん!」
彼女に気づくと、王子さまは手を振った。
まるで、ずっと知っていたかのように、親しげな笑顔だった。
透子は、少し戸惑いながらも、手を振り返した。
「また会えたね!」
「……はい」
「じゃあ、一緒にやろう!」
彼の言葉に、透子は思わず頷いた。
王子さまは、手際よく配膳をしながら、気さくに人々と話していた。
透子は、その様子をそばで見ていて、不思議な感覚に包まれていた。
(王子さまって……すごく自然に、場を温かくする人なんだ)
彼の言葉には、力みがない。
誰かを助けようとか、すごいことをしようとか、そんな気負いが一切ない。
ただ、「できることを贈る」ことを、当たり前のようにやっていた。
しばらくして、ひとりの高齢の男性が、王子さまに話しかけた。
「お兄さん、前にもここに来ていたね」
「そうそう、僕はこういうのが好きなんです」
「そうか……ありがとうな」
その男性は、王子さまの肩をぽんぽんと叩いた。
すると、王子さまは嬉しそうに笑った。
「僕こそ、ありがとうです!」
「ん?」
「ここに来てくれて。僕のスープを食べてくれて。僕と話してくれて」
その言葉に、透子は驚いた。
(……今の、受け取ってる?)
彼は、「与える」のではなく、「贈り合う」と言っていた。
目の前の人が、スープを受け取ることも、話をすることも、
それ自体が「ギフト」だと、心から思っている。
(すごいな……)
透子は、胸が温かくなるのを感じていた。
でも、その一方で——
(私は、こうやって受け取れているかな?)
自分が何かを贈ったとき、相手の「ありがとう」をちゃんと受け取れているだろうか?
そんなことを考えていると、王子さまが突然、透子に声をかけた。
「透子さん、これ食べる?」
差し出されたのは、温かいパンだった。
「えっ、でも、これは……」
「余ったぶんだから、遠慮せずに!」
透子は、無意識に手を引っ込めた。
「……私、もらっちゃっていいんですか?」
「もちろん! これは、僕からのギフトだから」
王子さまは、にこっと笑ってパンを透子の手に乗せた。
その瞬間、透子の中で何かが震えた。
(これが……「贈り合い」?)
ただのパンなのに。
でも、何か大きな意味を持っている気がした。
透子は、ぎこちなくパンを受け取り、そっとかじった。
口の中に、温かい甘みが広がる。
「……おいしい」
「でしょ? さっき、おばあちゃんが焼いてくれたパンなんだ」
「え?」
「炊き出しに来た人の中にね、パンを焼いて持ってきてくれた人がいたんだよ」
透子は、その言葉に驚いた。
(このパンも……ギフト?)
パンを焼いた人が、それを持ってきてくれて。
王子さまが、それを透子に渡してくれて。
(……私、今、受け取ってるんだ)
目の前にあるのは、ただのパンじゃない。
「ありがとう」
透子は、小さくつぶやいた。
王子さまは、嬉しそうに微笑んだ。
「どういたしまして!」
その笑顔を見て、透子はふと気づいた。
(これって……こんなに温かいものなんだ)
「ありがとう」を言うこと。
「受け取る」こと。
それが、こんなに嬉しくて、こんなに優しいものだったなんて——。
— 第3章 受け取る勇気 —
透子は、公園のベンチに座り、両手でパンを包み込むように持っていた。
まだ温かいそのパンは、まるで小さな灯火のように感じられた。
(私は……本当に、これを受け取っていいんだろうか?)
王子さまが「これは僕からのギフトだよ」と言ったとき、
透子の心の奥に、ずっと沈んでいた気持ちがざわめいた。
——「私なんかが、受け取ってもいいの?」
そんな思いが、いつもどこかにあった。
透子は、ボランティアが好きだ。
誰かの役に立てるのは嬉しいし、「ありがとう」と言われるのも嬉しい。
でも、その「ありがとう」を真正面から受け取るのが、昔から苦手だった。
(私なんかが、そんなふうに感謝されるようなこと、してないのに……)
そう思って、つい笑ってごまかしたり、
「そんな、たいしたことじゃないです」と言ってしまったりする。
そして、誰かから「ありがとう」と言われるたびに、
心の奥では、「私は本当に価値のある人間なのかな?」と、自分に問いかけていた。
透子の隣では、王子さまが炊き出しの片付けを手伝っていた。
透子は、ぼんやりと彼の動きを眺めていた。
すると、王子さまはひとりの少年と話し始めた。
「これ、君にあげる」
王子さまは、少年に折り紙で作った小さな鳥を手渡した。
「お兄ちゃん、折り紙するの?」
「うん、得意なんだよ」
「すごい! ありがとう!」
少年は、無邪気に鳥を握りしめ、嬉しそうに飛び跳ねた。
その姿を見て、透子の心が、じわっと温かくなった。
王子さまは、折り紙という小さなギフトを贈った。
それを受け取った少年は、純粋に喜び、それがまた王子さまの喜びになっていた。
(……これが、ギフトの輪?)
贈ることと、受け取ること。
そのどちらもが、誰かの幸せにつながっている。
透子は、そっとパンを見つめた。
透子は、パンをもう一口食べた。
やさしい甘さが、じんわりと心に染み込んでいく。
「ねえ、透子さん」
王子さまが、隣に座りながら話しかけてきた。
「透子さんって、いつも誰かのために頑張ってるよね」
「えっ……」
「でも、ちゃんと受け取れてる?」
透子の胸が、ドキッと鳴った。
「……私、受け取るのが下手かもしれません」
ぽつりと、正直に言葉がこぼれた。
王子さまは、優しく笑った。
「受け取るのって、難しいよね」
「はい……どうしても、“私なんかが”って思っちゃうんです」
王子さまは、しばらく黙っていた。
やがて、静かに口を開いた。
「でもね、僕、思うんだ」
透子は、王子さまの言葉を待った。
「受け取ることも、立派なギフトだって」
「……え?」
「だってさ、透子さんが今、そのパンを食べてくれたことで、僕は嬉しいよ」
王子さまは、にこっと微笑んだ。
「僕のギフトを受け取ってくれたことが、僕へのギフトになってる」
透子は、目を瞬かせた。
そんなふうに考えたことは、一度もなかった。
(受け取ることが、ギフト……?)
王子さまは、透子の目をまっすぐ見つめて言った。
「透子さんが誰かに贈ることで喜ぶように、誰かも透子さんが受け取ることで喜ぶんだよ」
その言葉に、透子の心が震えた。
彼女は、ゆっくりとパンを見つめた。
(これは……贈り合いなんだ)
自分がただ「もらってしまった」と思っていたものも、
実は、その向こうに「贈ってくれた人の喜び」があるのかもしれない。
受け取ることで、誰かを喜ばせることができるなら——。
(私も、もう少し、受け取ってみてもいいのかもしれない)
透子は、そっと微笑んで、もうひとくちパンをかじった。
— 第4章 見えないギフト —
炊き出しの片付けが終わり、透子と王子さまは静かな公園を歩いていた。
秋の風が木々を揺らし、落ち葉がふわりと舞い落ちる。
透子は、パンの余韻を感じながら、王子さまの言葉を思い出していた。
「受け取ることも、立派なギフトだって」
(……本当にそうなのかな?)
まだ少し半信半疑だったが、心のどこかで、その考え方を試してみたくなっていた。
すると、前を歩く王子さまが、ふと立ち止まった。
「お、いいもの見つけた」
透子が視線を向けると、道端に一輪の花が咲いていた。
小さな白い花——でも、凛としていて、とても綺麗だった。
王子さまは、それをじっと見つめたあと、にっこりと笑った。
「ねえ、透子さん。僕、この花のギフトを受け取ってみるよ」
そう言って、ゆっくりと深呼吸をし、花を眺めた。
「……ほら、すごく綺麗でしょ?」
透子も、そっと花を見つめた。
「うん……綺麗ですね」
王子さまは満足そうに頷いた。
「この花は、僕たちのために咲いてるわけじゃないけど、僕たちはこうしてギフトとして受け取ることができる」
透子は、王子さまの言葉を噛みしめるように、もう一度花を見た。
(……私も、この美しさをちゃんと受け取ってみよう)
そう思って目を閉じると、心がほんの少し、柔らかくなるような気がした。
「ねえ、透子さん」
王子さまが、歩きながらぽつりと言った。
「世の中には、目に見えるギフトだけじゃなくて、目に見えないギフトもたくさんあるんだよ」
「目に見えないギフト?」
「たとえば……優しさとか、時間とか、思いやりとか。そういうのも、立派なギフトだと思うんだ」
透子は、その言葉をじっくりと考えた。
「でも、それって、贈ったつもりがなくても、誰かにとってはギフトになっていることもありますよね?」
王子さまは嬉しそうに笑った。
「その通り!」
「じゃあ……私が今まで、誰かにしてきたことも、もしかしたらギフトだったのかな?」
王子さまは、少し驚いたように透子を見た。
「もちろんだよ。透子さんは、気づいてないかもしれないけど、すごくたくさんのギフトを贈ってる」
「……そうなのかな?」
「うん。たとえば今日も、透子さんが炊き出しの手伝いをしてくれたおかげで、ご飯を食べられた人がいる。それだけじゃなくて、透子さんがそこにいることで、安心した人だっていると思うよ」
「……」
透子は、自分の胸に手を当てた。
(私は……ちゃんと、誰かにギフトを贈れているのかな?)
「それにね、透子さん」
王子さまは、少しだけ歩調を緩めながら言った。
「欠点もギフトになるんだよ」
透子は驚いて、王子さまを見た。
「えっ、欠点が……ギフト?」
「そう。たとえば、僕はちょっとおっちょこちょいで、よく失敗するんだけど……でも、そのおかげで誰かが『大丈夫だよ』って言ってくれたり、逆に安心したりすることがあるんだ」
「……確かに」
「透子さんだって、きっとそういう部分があるはずだよ」
透子は、自分のことを考えた。
(私は、すぐに自信をなくしてしまうし、受け取るのが下手だし……)
でも、それが誰かの役に立つことがあるのだろうか?
王子さまは、そんな透子の考えを見透かしたように微笑んだ。
「透子さんが、受け取るのが苦手なことも、誰かにとってのギフトになるかもしれないよ」
「えっ、どういうことですか?」
「たとえば、誰かが透子さんに何かを贈りたいと思ったとする。でも、透子さんがなかなか受け取れないから、その人は『どうしたらもっと喜んでもらえるかな?』って考えるようになる」
透子は、少し考え込んだ。
「……そういうもの、なんですかね?」
「うん。受け取るのが苦手な人がいるからこそ、『もっと相手を喜ばせたい』って思う人が生まれる。だから、すべてのことには意味があるんだ」
透子は、ふっと肩の力を抜いた。
(……私のこの性格も、無駄じゃないのかもしれない)
そんな風に思えたのは、初めてだった。
「じゃあさ、透子さん」
王子さまが、ふいに立ち止まった。
「今日、僕が贈ったギフトを、ちゃんと受け取ってくれた?」
透子は、一瞬、何のことか分からなかった。
でも——思い出した。
温かいパンの味。
公園に咲いていた白い花の美しさ。
「受け取ることもギフト」という、王子さまの言葉。
それらはすべて、王子さまが透子に贈ってくれたギフトだった。
透子は、ゆっくりと頷いた。
「……うん。今日は、ちゃんと受け取れた気がします」
王子さまは満足そうに笑った。
「それならよかった!」
「……ありがとう、王子さま」
「どういたしまして!」
透子は、これまでにないほど、心があたたかくなっているのを感じた。
— 第5章 透子のギフト —
その日、透子は王子さまと別れたあとも、公園のベンチに座ったまま、ぼんやりと考えていた。
(……私は、ちゃんと誰かにギフトを贈れているのかな?)
王子さまは「贈っているよ」と言ってくれたけれど、自分では実感が湧かなかった。
「受け取ることもギフト」だと言われて、今日は少しだけ受け取ることができた気がする。
——なら、私は何を贈ることができるんだろう?
そんなことを考えていると、ふと、近くのベンチに座る老婦人が目に入った。
白髪が美しく整えられた女性で、ベンチにそっと腰掛け、じっと夕焼けを眺めている。
その表情には、どこか寂しげな影があった。
透子は、何気なくポケットに手を入れた。
そこには、小さなキャンディが入っている。
(……これ、渡してみようかな)
特別なものではない。
でも、王子さまが言っていたように、「ちょっとしたもの」もギフトになるのなら——。
透子は、そっと老婦人に近づいた。
「あの……」
老婦人は、驚いたように透子を見た。
「はい?」
「これ、よかったら……甘いものって、ちょっと元気が出るかなと思って」
透子は、おずおずとキャンディを差し出した。
すると、老婦人は目を見開き、そして、ふっと微笑んだ。
「まぁ……ありがとうね。今日は少し寒いから、温かい気持ちになれるわ」
そう言って、老婦人はキャンディを受け取った。
(……受け取ってもらえた)
それだけのことなのに、透子の心はじんわりと温かくなった。
(……これが、ギフトを贈ることなのかな)
王子さまの言葉が、今になって胸の奥でゆっくりと響くようだった。
透子はその日、王子さまに会いたくなった。
「王子さま、少しだけお話ししてもいいですか?」
そうメッセージを送ると、王子さまはすぐに「もちろん!」と返信をくれた。
カフェで待ち合わせをして、温かい紅茶を飲みながら、透子は今日の出来事を話した。
「……それで、キャンディを渡したんです」
王子さまは嬉しそうに笑った。
「それは素敵なギフトだね!」
「うん……でも、すごく小さなことなんです。ただのキャンディで」
「小さなことだからこそ、いいんだよ」
王子さまは、紅茶を一口飲んで続けた。
「ギフトって、何か大きなことをしなきゃいけないわけじゃない。ただ、そこに“誰かを思う気持ち”があるかどうかが大事なんだ」
透子は、しみじみと王子さまの言葉を噛みしめた。
「……でも、私、いつも受け取るのが下手だから。今日も、老婦人が『ありがとう』って言ってくれたとき、なんだか少し照れちゃって」
王子さまは笑った。
「それもいいんじゃない?」
「えっ?」
「ギフトは、贈る人がいて、受け取る人がいる。どっちも大事な役割だよ。透子さんが贈ったことで、老婦人が『ありがとう』って言った。それって、お互いの間に“優しさ”が生まれたってことだから」
透子は、ハッとした。
(……私、ギフトを贈ることで、誰かの『ありがとう』を生み出せるんだ)
そのことが、とても嬉しかった。
「……王子さまは、どうしてそんなに自然にギフトを贈れるんですか?」
透子がふと聞くと、王子さまは少し驚いた顔をした。
「僕? うーん……」
しばらく考えたあと、王子さまは少しだけ遠くを見つめながら言った。
「僕ね、昔は全然ギフトを贈ることなんて考えてなかったんだよ」
「えっ?」
「むしろ、ずっと『自分には何もできない』って思ってた」
透子は驚いた。
王子さまは、いつも自然に誰かを助けたり、優しくしたりしている。
でも、そんな彼にも、そう思っていた時期があったなんて——。
「……僕、昔は『自分には何の価値もない』って思ってたんだ」
王子さまの声には、少しだけ寂しさが滲んでいた。
「でもね、あるとき、誰かが僕にこう言ったんだ。『あなたがそこにいるだけで、助けられている人がいるんだよ』って」
「……」
「それを聞いたとき、すごく驚いた。でも、同時に、ちょっと嬉しかったんだ。だから、試しに『自分ができることを、誰かに贈ってみよう』って思った」
透子は、じっと王子さまを見つめた。
「それで、気づいたんだ。大きなことじゃなくてもいいんだって。僕にとっては何気ないことでも、それが誰かの心を温めることもあるんだって」
「……」
「それからは、できることを贈るようになった。難しいことは考えない。ただ、『今、目の前の人にできることは何かな?』って思って動く。それだけ」
透子は、その言葉を噛みしめるように聞いていた。
(王子さまも、最初は『自分には何もできない』と思っていたんだ……)
なんだか、そのことが少し嬉しかった。
「……私も、できるかな」
透子がぽつりと呟くと、王子さまは笑った。
「もちろん! だって、もうキャンディを贈ったじゃない?」
「……!」
(そっか……私も、もう一歩踏み出してるんだ)
透子の胸の中で、じんわりとあたたかい何かが広がっていった。
— 第6章 透子が見つけたもの —
透子は、少しずつ「贈る」ことが楽しくなってきていた。
老婦人にキャンディを贈った日から、意識が変わった。
道端で落ち込んでいる子どもに微笑みかける。
駅で困っている人に道を教える。
職場で、同僚にちょっとしたお菓子を配る。
「そんな小さなこともギフトになるんだよ」
王子さまの言葉を思い出しながら、透子は少しずつ、自分にできることを増やしていった。
「……あれ? なんか最近、透子さん明るくなりました?」
ある日、職場の同僚にそう言われた。
「えっ?」
「前は、どことなく元気がなかったというか……うーん、なんだろう。今はなんか、すごく自然な笑顔になってる気がします」
透子は驚いた。
自分ではそんなに変わったつもりはなかったけれど、周りから見たら違っていたらしい。
(……私、変わってきてるのかな)
そう思うと、少し嬉しかった。
ある日、王子さまと公園を歩いていたときのこと。
「透子さん、最近すごくいい表情してるね」
王子さまは、ふとそんなことを言った。
「えっ?」
「前よりも、なんというか……自然体になったというか」
「そうですか?」
「うん。ギフトを贈るのが楽しくなってきたんじゃない?」
透子は少し照れくさそうに笑った。
「……そうかもしれません。小さなことでも、誰かが喜んでくれるのって、こんなに嬉しいんだなって」
「うん、それはすごく素敵なことだね」
王子さまはそう言って微笑んだ。
「でもね、透子さん。『贈る』だけじゃなくて、やっぱり『受け取る』ことも大事なんだよ」
「……受け取る、ですか?」
王子さまは、ふっと空を見上げた。
「うん。僕もね、最初は『贈る』ばっかりやってた。でも、あるとき気づいたんだ。人って、受け取ることでしか、ほんとうに『贈る』ことはできないんだって」
「……」
「だからね、透子さんも、受け取る練習をしよう」
透子は少し考え込んだ。
(……私は、受け取るのが苦手)
でも、王子さまが言うなら——。
その日、透子は王子さまとカフェに入った。
「今日は、僕がごちそうするね」
「えっ? でも……」
「これもギフトだから」
透子は、少し躊躇した。
けれど、王子さまの言葉を思い出した。
(受け取ることもギフト……)
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って、透子はゆっくりと「ありがとう」と言った。
「うん、それでいいんだよ」
王子さまは嬉しそうに微笑んだ。
(……なんだろう、この気持ち)
ごちそうしてもらったことが嬉しいのではなく、王子さまが「贈ることを喜んでくれている」のが、嬉しかった。
(私も、今までこんなふうに、誰かに喜んでもらえてたのかな)
そう思うと、なんだか胸が温かくなった。
「透子さん、もう気づいてる?」
カフェを出て、公園のベンチに座ったとき、王子さまが言った。
「え? 何がですか?」
「透子さんが持っているギフトだよ」
「……私の?」
王子さまは、優しく笑った。
「透子さんはね、そのままで、すごく素敵なギフトを持ってるよ」
透子は、驚いたように王子さまを見た。
「……私、何かできてますか?」
「もちろん。透子さんはね、“優しさ”を贈ってる」
「……!」
「それにね、透子さん自身が“優しさ”そのものなんだよ」
透子の胸が、じんわりと温かくなった。
(……私が、優しさ?)
でも、王子さまの言葉を聞いて、ふと思った。
(……そうか。私、優しいってことを、自分で認めてこなかったんだ)
王子さまは、にこっと笑った。
「だからね、透子さんはもう“ギフトの王子さま”なんだよ」
透子は、思わず目を見開いた。
「……私が?」
「うん。ギフトってね、誰か特別な人が持ってるものじゃなくて、みんなが持ってるものなんだ。透子さんは、もうすでに、そのギフトを贈ってるよ」
透子は、ゆっくりとその言葉を噛みしめた。
(……私も、ギフトの王子さまになれるのかな)
そう思うと、不思議と心が軽くなった。
そして、透子はそっと微笑んだ。
「……ありがとうございます」
王子さまは、満足そうに頷いた。
「うん。それが、透子さんのギフトだから」
— 第7章 透子の旅立ち —
それは、なんとなく感じていたことだった。
王子さまが、いつかこの街を離れるかもしれない。
ずっと一緒にいるわけじゃないことも、なんとなくわかっていた。
でも、それでも——。
「王子さま、これからも一緒にいられますか?」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。
王子さまは、静かに微笑んだ。
「……透子さんは、もう大丈夫だよ」
「え?」
「もう、僕がいなくても、自分でギフトを贈れる」
透子は、少し寂しくなった。
「でも……」
王子さまは、穏やかに透子を見つめた。
「透子さん、ギフトってね、広がっていくものなんだよ」
「広がる……?」
「うん。透子さんが贈ったギフトは、きっと誰かに伝わって、その人がまた誰かに贈って……そうやって、ずっと続いていく」
透子は、その言葉を噛みしめた。
(……私も、誰かにギフトを贈れるのかな)
それから数日後。
透子は、あることを決めた。
「王子さま、私……」
王子さまは、にっこりと笑った。
「うん。言わなくてもわかるよ」
「……!」
「透子さんは、もう“ギフトの王子さま”になったんだ」
透子は、驚いたように王子さまを見た。
「私が?」
「うん。透子さんは、すでにたくさんのギフトを贈ってるよ」
透子は、ふっと笑った。
「……そうですね。最初は気づかなかったけど、いつの間にか、私も“贈る”ことが好きになってました」
「そう。それが透子さんのギフトなんだよ」
透子の胸が温かくなった。
「……王子さまは、これからどうするんですか?」
透子がそう尋ねると、王子さまは少しだけ考えた。
「僕もまた、どこかでギフトを贈り続けるよ」
「どこかで……」
「うん。世界は広いからね。ギフトを必要としている人が、まだまだたくさんいる」
透子は、少しだけ寂しくなった。
「もう、会えませんか?」
王子さまは、優しく微笑んだ。
「きっと、また会えるよ」
「……本当ですか?」
「うん。だって、ギフトは巡るからね」
透子は、その言葉を胸に刻んだ。
(……そっか。ギフトは、ずっと巡る)
そう思うと、少しだけ涙がこぼれそうになったけれど、それ以上に心が温かかった。
王子さまが去ったあと、透子は静かに空を見上げた。
(……私も、贈ろう)
王子さまが教えてくれたことを、今度は私が誰かに。
(そうすれば、きっとギフトは広がっていく)
透子は、そっと微笑んだ。
そして、新しい一歩を踏み出した。
📖 あとがき — ギフトはあなたの中に —
この物語を読んでくれて、ありがとう。
透子が旅を通じて知ったように、私たちは誰もが「ギフトの王子さま」になれる。
何か特別なことをしなくても、何かを「贈る」ことで、世界は少しずつ優しくなる。
「あなたはすでに、ギフトを贈っている。」
そう、本の中で透子が見つけた言葉は、あなたへのメッセージでもある。
もしかすると、あなたも今まで気づかなかっただけで、たくさんのギフトを贈ってきたのかもしれない。
あなたの笑顔、言葉、行動。
それだけで、誰かを温かくすることができる。
『ギフトに生きる』 は、そんな世界を実際に体現する一冊です。
この物語が心に響いたなら、きっとあなたの中にもギフトがある。
もし、この本の続きを現実で読んでみたいと思ったら、
ぜひ 『ギフトに生きる』 を手に取ってみてください。
透子のように、あなたの人生の中で「ギフトを贈る旅」が始まるかもしれません。
そして、それは巡り巡って、またあなたに返ってくる。
ギフトは、いつもあなたの中にある。
ありがとう。
この出会いが、また新しいギフトになりますように。
— あなたへ贈る、愛と感謝を込めて。
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