デザインと文化人類学ーこれまでに読んだ本 これから読みたい本(2023, 追記あり)
タイトル写真は三島町を走る只見線(夏の只見線 第一橋梁(新車両), photoAC)
はじめに
文化人類学の私的なブックリストを作ってみようと思い立ったので、これまで僕がデザインと関わってきた人生の中で出会ってきた文化人類学の本を並べてみることにします(基本的に日本語で読めるもの)。私的なリストなので、読んでおくべき本を網羅的に紹介したものではありません。また、僕は後述するように大学でフィールドワークの手ほどきは受けましたが文化人類学者ではないので、「それは厳密にいうと文化人類学ではないよ」とか「分類がちょっとおかしいのでは?」というものが混ざっている可能性は大いにあります。というか、認知科学や社会学の本も並んでます。関連する本として広い心でご覧いただけると助かります。(ちなみに、リストの本のうち読んだのは半分より少ないくらいです。知っているだけで積んである本も多々あります。)
世の中には大学の研究室のサイトや専門の研究者の方々がお作りになっている本格的なブックリストがすでにありますので、学問的に正しいリストや推奨する本はそちらをご確認いただくのがよいかと思います。
文化人類学との出会い:千葉大 意匠論意匠史研究室
僕は千葉大の工業意匠学科(学部)でデザインの基礎を学んだのですが、そこで文化人類学のフィールドワークの手ほどきを受けました。「デザイン・サーベイ」と呼ばれる演習授業では、福島県の三島町に滞在して町の郷土資料館に収蔵されているある古い道具(民具)の調査に取り組みました。 むかし生活の中で使われていた道具のスケッチを描き、町のお年寄りを訪ねてその道具の名前やどのように使われていたのかを丁寧にインタビューしながら、その道具がどのような文化に埋め込まれていたのかを解き明かしていく調査研究です。
4年の研究室配属では、意匠第一講座(意匠論意匠史研究室)で1年間卒業研究に取り組みました。恩師の宮崎清先生は、ライフワークとして「藁の文化」の研究に従事されておられました。また、デザインによる町おこしや地域の産業振興に取り組まれた先駆者でもあります。
「藁 I・II (ものと人間の文化史 55)」宮崎 清 著 は、残念ながら絶版なので図書館にて。
HCIと状況論とフィールドワーク
企業のデザイン部門でデザイナーとして6年働いたあと、多摩美の大学院(須永剛司研究室)で、2年間インタフェース・デザイン(今で言うUIUXデザイン)の研究
に取り組みました。認知科学をベースにして人間と人工物との関わり(HCI:
ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)を探求し、その理論や知見を知的な人工物のデザインに生かそうというのが研究テーマでした。
認知科学に関する海外の研究動向などを見ていく中で、Xerox PARCでのサッチマン(Lucy Suchman)らの研究が学会や勉強会などで取り上げられるようになり、修士研究の一部として研究論文や著書を読みました。
ハンドブックとは名ばかりで厚くて重い論文集です。当時最先端の認知科学の論文を、議論しつつゼミで輪読しました。
Plans and Situated Actions の邦訳。"situated"が衝撃でしたね(当時)。
サッチマンは2007年にアップデートした第2版 "Human machine reconfigurations" を出版しています。
UIUXと非言語コミュニケーション
大学院でのインタフェースデザインの研究テーマは「第一接面と第二接面」の理論(佐伯胖,1988)に関連するものでした。第二接面について考えていく中でエドワード・ホールの「沈黙のことば」を教授から紹介されて読み、大きな影響を受けました。
残念ながら絶版でAmazonでは高値が付いています。図書館には蔵書がありそうなのでそちらで。
こちらも同じくホールの本です。
LPP(Legitimate Peripheral Participation):正統的周辺参加
多摩美の大学院の時に教育学の方々との交流があって「デザインの学び」について考えを深めることができました。ジーン・レイヴ(人類学)とエティエンヌ・ウェンガー(学習理論)による「正統的周辺参加」では徒弟制の現場をフィールドワークしています。
レイヴによる、日常生活の認知に焦点を当てたこちらも名著。
メディア論と文化人類学
同じく多摩美大学院には「メディア論」の講義がありました。授業の中でレヴィ=ストロースが参照され、学部以来の原点に帰る学びがありました。いま思えば当然参照するだろうと思いますが、当時はえ?そこ?とあわてて積んであった本を手に取ったり。
経営学とフィールドワーク
その後、情報デザイン学科の新設とともに多摩美の教員になり、情報デザインの教育・研究をしていましたが、いろいろ思うところがあって(略)2006年から多摩大学の大学院(MBA)に通いました。当時はまだデザインと経営の距離はいまよりもずっと離れていましたが、デザイン思考や組織論の講義の中で、フィールドワークやエスノグラフィーなどに出会うことになります。HCIやワークプレイス研究などで名前を知っていた研究者が経営学の文脈で登場して「そこがつながるの?」と驚くことが多々ありました。
ここでまたウェンガーと出会います。経営の文脈では見え方が変わるのが興味深かったですね。
デザイン思考とエスノグラフィー、フィールドワーク
デザイン思考が注目を浴びて流行りだした時に「観察」の実践や教育のために改めてフィールドワークについて学んだり要点を確認したりする必要が出てきました。自分の中では、文化や人々の暮らしを知ることからスタートした文化人類学やフィールドワークが、デザイン思考やイノベーションの手法という新たな文脈の中で再定義されていくような感覚がありました。
UXリサーチと人類学的な視点
デジタルプロダクトをデザインする界隈で、ここ数年UXリサーチが注目されるようになりました。カンファレンスが開催されたり、分野のキーマンとなる方が人類学のご出身だったり、リサーチ手法のひとつとして人類学の考え方や調査方法が注目されています。
アンソロビジョンの著者は、ケンブリッジ大学博士課程で人類学を学んだジャーナリスト(元 フィナンシャル・タイムズ英語版の編集委員会委員長)。人類学的視点(アンソロ・ビジョン)で社会を見ることの価値と意味を説いています(Anthropology:人類学)。インテルやネスレ、エボラ感染症、金融危機、GMでの企業内対立など、様々な事例を人類学者の関与や人類学的な視点で取り上げています。
少し時代を遡って、2014年刊 frog の「デザインリサーチ」(いまでいうUXリサーチ的な)
こちらはIDEO(2009年刊)フィールドで何を見るか何に気づくか
原書 Thoughtless Acts?: Observations on Intuitive Design(2005年刊)
マルチスピーシーズ人類学
人類学にスポットが当たる中で、マルチスピーシーズ人類学という分野を知って、ウェブに連載されていたものを読んでみたり。
マンガ版に惹かれて読みました。動物が物語の主役だったり荒唐無稽にみえるおはなしが展開されたり、最初は面食らったけれどいままでにない不思議な読後感があり、マンガで描かれることの意味も少し理解できたり。
デザイン人類学
積んだままちゃんと読んでないので気の利いたコメントもできず紹介するか迷ったのですが、敢えて外すのも不自然かなと思いまして。近いうちに読む、読みたい、読もうかな、と。
Designs for the Pluriverseについて、岩渕さんの解説。
CULTIBASE 「Designs for the Pluriverseを巡って:デザイン、人類学、未来を巡る座談会」前後編
あらためて文化人類学を知る
世の中で流行り始めると、そもそも文化人類学とは?と基本に戻りたくなることもあります。
マリノフスキーの名著と言われ、文化人類学を知るには読んでおくべき本だといわれているのでチャレンジしました。膨大な記述に圧倒されて途中で心が折れつつ気を失いつつなんとか最後まで読みました(修行が足りない)。これが100年前(1922)に書かれているということにただただ驚くばかりで、自分が「フィールドワーク」と呼んでいるものはなんとちっぽけなものなのかと軽く打ちひしがれるなどしました。
そして、ティム・インゴルド
もはや多くの方が言及されているので説明は要らないと思います。初めに知ったのは「ラインズ」でした。
出たばかりの「応答、しつづけよ。」
医療人類学
7年ほど前から医療関係者と共同研究をしたり医大生にデザインを教えたりというご縁があり、この分野について知るためにさまざまな本を手に取りました。医療、介護などヘルスケア領域をフィールドにした人類学があるのを知りました。
医師と人類学者の協働
大著すぎて手が出せませんが、某大型書店で見つけて手に取ったことはあります。
1984年刊の同名書籍の文庫化。
パンデミックの渦中で書かれた本です。
そして旅は続く (おわりに)
もっと少ないつもりでさっと紹介するはずだったのに、書き出したらなんと多くの「文化人類学」に出会っていたことかと驚かされました。 もちろん紹介できていない本もたくさんありますが、果てしないのでいったんこのへんで終わりにします。 有名なあの本は紹介しないのか、あれは重要だろうなど、いろいろご意見もあろうかと思いますが、自分中心の私的なリストなのでご容赦を。これぞという本があればぜひご自身のSNSでご紹介ください。 今回、仕事や研究を振り返りつつ本棚を眺めつつこれらの本を並べてみて、あらためて人類学の懐の広さと深さを再認識することになりました。この旅の先はまだまだ長そうです。
追記(2023.9.9)
新しい入門書が出ました
関連リンク
更新履歴
2023.6.17 公開
2023.6.18 デザイン人類学の項、本とリンクを追記
2023.6.19 サイレント・ニーズ、考えなしの行動? を追加
2023.7.10 UIUXと非言語コミュニケーションの項、本とリンクを追加
2023.9.9 はじめての人類学 を追加