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『プロレス少女伝説』(読書メモ)

 数年前になるが、ネットニュースを見ている時に、ある記事の見出しに「長与千種」という名前を見つけてピンときた。記事を読み進むと、女子プロレスラーで元「クラッシュ・ギャルズ」の長与千種が、たまたま訪れていた飲食店の駐車場で助けを求める女性の悲鳴を聞きつけ、暴力被害から女性を救い出したとあった。逆上したDV男からの反撃を受けて、長与氏は左手小指を剥離骨折。髪の毛を引っ張られて頭髪が抜けるなどの被害を受けつつも、相手には一切攻撃を加えることなく事態を鎮静化。長与氏は取材に対し「職業柄、絶対に手は出せなかった」と語ったという。

 私はつい笑ってしまった。長与千種の格好良さに対してDV男の情けなさが相対的に際立ってしまい、ギャグ漫画の一コマのようにしか話を受け取れなかったのだ。そして同時に、あの時の爽快な読書体験を思い出した。あの時、とは、「プロレス少女伝説」を読んでいたときのことである。
 
 あらかじめ断っておくと、私は女子プロレスのファンではない。熱狂的な女子プロレスブームを巻き起こしたという「クラッシュ・ギャルズ」の存在も知らなければ、その立役者である長与千種とライオネス飛鳥という名前を聞いたこともないまま大人になった。ダンプ松本やアジャコングをテレビで見たことはあったものの、その二人がプロレスラーである(あった)という認識すらなかったくらいに、私とプロレスとの間を結びつけるものは何一つなかった。それでも私はたまたま手にした本書の世界に、あっと言う間に引き込まれた。厳密には女子プロレスの世界にではなく、女子プロレスラーたちが炙り出す「もう一つの世界」の中に。

 本書がフォーカスを当てるのは、女子プロレスブームの絶頂期ではなく、いわゆるスター選手たちでもない。メインストリームからはみ出した異端なレスラーたち、天田麗文、メデューサ、神取しのぶだ。そして、その3人の生き様をを照らし出す存在として、大スター長与千種を追いかけている。

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身の回りの出来事や思いついたこと、読み終えた本の感想などを書いていきます。毎月最低1回、できれば数回更新します。購読期間中はマガジン内のす…

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