ぴこたん (アレンジ落語)
びこたん
煌びやかな世界というものは人を惹きつけてやみません。第一印象は0コンマ何秒で決まります、なんて説もよく知れた話です。
昨今じゃSNSで誰某がアレを買っていた、ソレを持っている、ドコで買った、なんて写真をあげるもんですから、質素な方てのは絶滅しちまったのかななんて思ったりもします。
レアな品物になってきますと、横流ししても金になるってんで、○○マラソンとか❌❌パトロールなんて連中もいるそうです。で収穫を自慢して、お互いに褒め合うと…
つまるところ見栄ですな、わたくしなんぞは買えもしないもんですから強がりという見栄を張っているわけです。見栄も強く張ると、ちょっとやそっとの小石は弾き飛ばせるから便利ですよ。皆様方もぜひ。
今回はちょいと太い金を手にしたご婦人の話を一席。
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とある地方都市のとあるお宅のベルがなる。
ピンポーン
「ソロウ百貨店の角松でございます。奥様ご在宅でしょうかー」
専業主婦のマツコ、嫁いだ先はそこそこの小金持ちだったが土地転がしか株転がしか何かが当たりちょいとした財を成した。
急に金持ちになったところにデパートの御用聞きがやってくるもんだから悪い気はしない。アレよアレよという間に百貨店の担当付きのお客様に仕立て上げられた。
「はーい、ご苦労様。リビングへどうぞー。」
リビングに上がった角松、調度品や家電を見てしめしめとしたり顔、それもそうだ急に財をなすと身の方を飾りたくなる。そこをうまく突いてやる。そうやって百貨店マンとして生き抜いてきた。
「お邪魔いたします。奥様、今日も見事なお庭で、うちの園芸部の連中も目を丸くしてやがりましたよ。」
「そんな伸び放題でお恥ずかしい限りよ。」
世間話もほどほどに角松をソファにかけさせると、マツコは切り出した。
「それでね、お世話になった方の奥様の結婚記念日にね、差し上げものをしたいのよう。なにかあっと驚くものないかしら。」
「そりゃあもう、ええ。取り揃えておりますが。ご予算の方はございますか?」
「そおねえ、本当にお世話になったからもうドンといきたいわぁ」
「でしたら、ここはピコタンなんていかがでしょうか。」
「ぴ、ぴこたん、、、、え、ええ。それは素敵ね。わたくしもそれは候補にしてましたわ。」
「さすがにお目が高い、お好みの風合いなどございましたらいつでもおっしゃって下さいまし。多少は顔が効きますので。」
「あらぁ助かるわ、ちょっと考えてますわ。、おほほほ。」
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さあ困ったマツコ婦人、知り合いに聞くのも物を知らないようで癪に触る。かと言って調べるのもこれまた癪に触る。
急に金持ちになったはいいが、急に知恵持ちにはなれない。初めて聞く言葉、ピコタンとはこれいかに。そこで閃いた。
そうだお手伝いさんの梅垣さんに下調べをお願いしよう、これだ。これで決まりだ。
さぁ心躍らせ手をたたかんばかりのマツコ婦人
「梅垣さーん」
「はい、奥様ただいま参りますー」
かねてから家事をしてくれるお手伝いの梅垣さん、ぼーっとして見えて面白いことが大好きな野次馬根性、これを生かさないではない。
「梅垣さん、ちょっとね下見をしてきてほしいのよ。デパートにいってピコタンをちょっと見てきて頂戴。あなたの気に入った物があったら、買ってもいいわよ。」
「はい奥様、あいすみません、ピコタンってのはなんなんですか?」
「梅垣さん!あなたもプロのお手伝いならなんでも物を尋ねるんじゃありませんよ、これら気位の高い方のご要望も受けるんだから!社会勉強だと思って調べてらっしゃい。」
「(ちぇ、成金の因業ばばあめ)はい、かしこまりました。」
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「急に人使いが荒くなりやがってババァ、なにが調べてらっしゃいだよ田舎もんが!」
とは言え困った梅垣さん、デパートなんて何年も行ったことがない。ドクガエルのような色使いの格好をした若者や、娘のような歳の女と腕を組む壮年の男にクラクラする。
「すわ、ここは地獄か天国か。」
案内所の図面を見てもピンとこない。はてピコタンとはなんなのか…入り口付近にあった花屋を呆然と見つめると、ハッと閃いた。
「あのババア、聞き間違えたんだわ。バカだねぇきっとボタンの花よ、気が遠くなるくらい田舎もんだから耳まで遠くなったんだわ。」
せかせかと動き回る若い女の店員に話しかける。
「ちょいとお尋ねしますが、ボタンの花は今どんな具合ですか?」
「いらっしゃいませ、牡丹でございますか…今季節じゃないのでウチはご用意が…素敵ですよね。牡丹、ご要望とあればお取り寄せもいたしますよ。」
若いのにしっかりした受け答え
「そう、なら仕方がないわねえ。牡丹、牡丹、牡丹…ん!?」
アテが外れた梅垣さん、店内に小さな赤い花をてっぺんに乗っけたサボテンを見つけた。
「あのお姉さんこいつは、、、」
「ああ“緋牡丹”ヒボタンですね、ちょっと違いますけどこれは本当に癒されますよね。星の王子様みたいで。」
「へへへ…(なんでえ、あのババア、こんなちっぽけなもんを探してたのか。こんなものを差し上げものたぁついにへそくりも尽きたかね。)本当に素敵ね、とても可愛いから頂くわ。」
「ありがとうございます。暖かいところに置いておけば元気に育ちますよ!」
「はいはい、ご親切にどうも、2000円ね、はいはいはい。」
思ったより早くお目当てが見つかった梅垣さん、せっかくデパートに来たんだからお茶でもしないと気がすまない。タバコが吸える喫茶店を探してドカッと入る。
椅子の上には小ぶりなヒボタン、お使いとはいえなかなか悪くない。あのババアにくれてやるのも惜しくなってきた。
ケーキとコーヒーを注文してタバコに火をつけると、見たことのある顔の男がいた。最近、出入りしている百貨店の御用聞き角松だった。
「あら、角松さん!」
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「角松さん、こんなところで何されてるの?」
「お客様とお中元の打ち合わせでして、ここのケーキは美味しいもんですから。梅垣さんも珍しいですねえこんなところに。」
「それがね奥様のお使いで探し物なんですけど、思ったより早く見つかっちゃって。」
「へえ、梅垣さんもですか。こちらもなんですよ。流石に仕事が早いなぁ見つけちゃうなんてスーパー家政婦さんですね。」
流石に百貨店の御用聞きお褒めの言葉がすらすら出てきやがる。
「奥様ったらこれを探してたみたいで。」
机にポンとおかれたサボテン“ひぼたん”
「こ、これは、、、」
目を丸くする角松に
「ピコタンですわ。」
目を白黒させる角松、
「お、奥様はこれをお探しで…?」
「ええ、なんか差し上げものをお探しでコイツに決めたそうよ。」
「…さ、ぼてん、、、、ん?」
角松は鉢についてる“ヒボタン”、のシールを見て合点がいった。
「梅垣さん、落ち着いて聞いてください、実はピコタンというのは…」
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「奥様、ただいま戻りましたー。」
「あら、遅かったわね。それで見つかった?ピコタンは。」
「ええ、見つかったんですけどちょっと小ぶりでして、贈り物としてはどうかなと思いましたので、自分用にいたします。」
「あら、そうなのちょっと見せて頂戴な。」
「こちらです。」
そう言ってサボテンをドンとテーブルに載せます。
「見事ねえ。これこそがピコタンよ。この小ぶりな花も棘の具合も素敵だわぁ。その辺のデパートでも見つからないものですからね。けど、、、そうねたしかに小ぶりだわ。」
よく言う、この見栄っ張りめ
そう思いながら梅垣さんはヒボタンを引っ込めた。
「デパートで角松さんにもお会いしままして、それは見事なピコタンを探し出しますから、と意気込んでらつましゃいましたよ。」
「あら、大変。それならそれ相応の鉢も用意しないと。大変大変だわぁ。」
引っ込みがつかなくなった見栄もここまでくると上等も上等であります。そこが面白くて少し悪戯してやろうという算段の梅垣さん、それに重ねて。
「鉢まで気がつくとは流石奥様、わたくし全く気がつきませんでした。」
「梅垣さん、何事も器まで整えないとこの世界では相手にされませんよ。中身ばかり見てはダメよ。うふふ。」
「流石の器でございますわ。」
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時は少し経ち、正真正銘のピコタン(※フランスのエルメス社が販売している小ぶりなハンドバッグのことです)を携えて角松がやってきた。
オレンジの鮮やかな箱にきっちり仕舞われている。
「大変お待たせいたしました。ご用意整えましたので一度お改めをと存じます。」
「まぁまぁ、、ご苦労様、角松さんお仕事が早いわあ、わたくしとても楽しみにしておりましたのよ。」
ローテーブルにコーヒーが出される。梅垣ご黙って給仕している。
「奥様、例のアレを角松さんに…」
「わかっているわぁ、持ってきなさい。」
「かしこまりました。」
マツコの指示で梅垣が一旦下がる。
「わたくし楽しみなあまり、器は自分で用意致しましたのよ。」
「(器…?)ははは、さようで…」
「ご覧になって、緋色に合うように瑠璃色の鉢を整えましたのよ。」
そういうと梅垣がテーブルに見事な瑠璃色の小ぶりな植木鉢を出した。
「(鉢…?)これは、見事な…」
角松は戸惑いが隠せない。
「それにしても、ピコタンとは洒落てるわ。可愛いのに棘がある。あの方にぴったりよ。甘いだけの女性なんて時代じゃありませんから。それも含めてのオススメ、デパートの方は流石だわぁ。」
「(と、棘…?)き、恐縮です。」
梅垣は笑いを堪えて震えている。
「梅垣さん、あなたのピコタンその後いかが?お花は咲いたかしら?差し上げる時にちょうど花が咲くと良いのだけど…」
「(は、花…)あ、あの奥様、奥様はピコタンをいかようなものとお考えで?」
「やだわ、角松さんたら…サボテンでしょ。珍しい。」
角松は理解した。
こないだあの喫茶店で梅垣がしていた勘違い。その間違いを指摘したにも関わらず伝わっていない。梅垣め、いたずらしたな…ということを理解した。
「奥様、お言葉ながらピコタンとはこちらにございますバッグのことを申します。」
すっと持参した箱をテーブルに乗せ、きれいに包装してあるので開けずに、手にしたケータイから写真を見せた。
そこには品よく佇まう四角い革のカバンが写っていた。
渡された写真を見たまま、目をまんまるくしてしばらく固まっていたマツコ。
「な、なるほどね。一杯食わされたわけね。」
けらけら笑いながら梅垣がケーキを持ってきた。角松はもう黙っているのも気まずいのかケーキを細かく切って食べ出した。
「私のピコタン、そろそろ花が咲きそうですわ奥様。」
「梅垣さん、あまり鉢に入れっぱなしも可哀想だから、地面に植えてあげたらどう?」
「いやいや、手元で見たいじゃないですか。」
「サボテンじゃなくて、あなたを遠くに植えたいということよ。」
「けけけ、お口が悪い、それこそ棘がおありだ。」
「本当に、おいとま差し上げた方がよろしいかしらねあなた。」
「けけけ、こいつはどうも、その折にはぜひ暖かいところにと存じます。」
「何を贅沢を。」
「暖かいところに置くと、元気に育つそうで。」
おしまい
補足
元ネタは転失気です。こちらも大変面白いのでぜひ。