見出し画像

【01】将棋がアクセントの王道サスペンス『盤上の向日葵』柚月裕子

史上最年少で二冠を獲得した将棋界の藤井プロ。「現実は小説より奇なり」を体現する10代の天才を見てカッコいいと思い、この先どこまで行くのか楽しみになる。現実にはなかなかいない藤井プロのような天才に多く出会えるので、本を読みたくなる。そんな天才たちの物語を読むことで、否が応でも自分を客観視したいのだと思う。

将棋関連の作品を読みたくなり柚月裕子さんの「盤上の向日葵」を手に取った。佐方検事シリーズでお馴染みの柚月さんは複雑な人間関係が絡んだ刑事サスペンスがとても面白いので、将棋を題材にどんな小説なるのか気になっていた。


ストーリーは主に二つの時間軸で進んでいく。
一つは、山の中で発見された刺殺体には、名匠が残した将棋の駒が添えられており、現存数が少ない駒の出所を警察が追うパート。曲者だが腕は確かなベテラン刑事と、プロ棋士の登竜門である奨励会までいったがプロの道を諦めた経歴を持つ若手刑事という異色のコンビが真相を探る。

もう一つは、母親の自殺、父親のネグレクトという不遇な家庭に育った少年が将棋と出会い、タイトル挑戦者まで登り詰めるまでの人生が描かれている。実の親のように接してくれた元教師や真剣師と呼ばれる賭け将棋で生計を立てる人との交流を経て、大人になった彼は将棋の世界に身を置くことになる。大きな闇を抱えた異色の天才は、事件の鍵となる名匠が残した駒とつながっていく。

事件の真相に意外感はない。むしろ予想しやすい部類だと思う。それでも読むスピードが落ちることはなく、一気読みさせる面白さがあった。出生の秘密、親との確執、真剣師との出会いなど波乱万丈な人生を応援しつつ読み進めた。

だが、事件のキーワードが「血筋」なのは、どう解釈すればいいかわからない。理不尽な環境に置かれつつも、周囲の人間との関わりにより克服した、ではなく、呪われた「血筋」が環境を上回るということになる。完全犯罪を遂行するサイコパスが主人公であれば、薄気味悪さや後味の悪さ自体を楽しめるが、それとも違う。血筋に問題があると唐沢のような人間の言葉も無意味なのか。真剣師のように将棋に魅せられた人間は、行き着くところは一緒ということか。

将棋界を舞台にしているが、将棋を描いた作品ではないと感じた。刑事サスペンスとして面白いのは間違いないので、将棋は物語の「駒」として読むのがちょうど良いと思う。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?