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根本原因という言葉にまつわる幻想

複雑な課題をものごとのつながりからとらえて考えるシステム思考。はじめて経験する人たちには、「問題のすり替わり」というシステム原型を使って演習をやってもらうことが多いのです。

原型については、チェンジ・エージェント社のこれ参照

つまりは、今困っていること(問題症状)に対して、応急処置と根本解決策があるときに、すぐに効果が出る応急処置ばかりを繰り返してしまうことで、長期的には問題症状を悪化させてしまうとき、その背景にどんなシステムがあるのか、対話を通じて洞察する練習です。

この演習をおこなうとき、ときどき受ける質問が「どうやって根本原因を見つければよいのか?」です。

この問いに関して、思い出したことを書いてみます。

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根本原因(the root cause)という言葉は好きじゃないんだ」と、ピーター・センゲがときどきつぶやきます。

彼が話した理由を、ぼくが覚えている範囲で言語化すると、この言葉の暗示するところに「私たちの抱える問題には何か『たったひとつの根本原因(THE root cause)』のようなものが存在していて、それを何とかすれば、ほかのすべてが上手くいく」ような思い込みがあるように感じるから、でした。

これに対して、システム思考の現実の捉え方は、いま私たちが「問題症状」として経験するできごと=「数多くの要素が影響し合って構成されているシステム構造が引き起こす、たくさんの挙動(動きのパターン)の1つを切り取った狭い範囲のスナップショット」です。

ドネラ・メドウズさん『世界はシステムで動く』にも、似たような記述があったと思うのですが、根本原因に代表される私たちの日常言語(思考)は、まるで1つの原因と1つの結果という対応が、この世界に存在しているかのように表現します。

しかし、現実をありのままに複雑なものとして捉えれば、そうではないことが分かるはずです。本当は「数多くの要因がつながり合って、数多くの結果を生み出し続けている」のです。しかも、今「結果」に見えているたくさんのものが、同時に要因となって将来に無数の結果を生み出し続けている。

この捉え方の方が、私たちの現実に近いと思いませんか?

「原因(過去)→結果(今)」という固定的な枠組みで現実を捉えようとする代わりに、現実を無数の原因と結果の連続体のようなものと捉えてみれば、時間は流れ続け、あらゆるのものは影響し合って変化し続けていて、今の現実に単独の根本原因を探そうとするのは、私たちの非現実的な思考の習慣(メンタルモデル)が引き起こす不都合だといえるのです。

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これは、一見すると曖昧で正解がなく、フラストレーションがたまるものかもしれません。しかし、こんなふうにも考えられませんか? 無数の要素のつながりから今の現実が生まれているならば、私たちが働きかけることのできる無数の要素は、すべて、現実を変えていく可能性があるといえるです。

もちろん、対話を通じてさまざまな視点を持ち寄り、いま起きていることを起こしているシステムについて、より深い洞察を得ようとする努力を否定するのではありません。

氷山モデルでいう目に見える「できごと」ばかりに対応していると、私たちはいつも表層的な打ち手ばかりを繰り返してしまいますから、システム思考を用いてものごとの深い部分に目を向けることは、これまでもこれからも必要です。これまでよりも深いレベルでの介入策を見出すことは可能でしょう。より深いレベルでシステムの挙動に影響している要素もあるでしょう。それまで見えなかったものが、より深い内省によって見えるようになってくることもあるでしょう。

しかし、大切なことは、いちばん深い唯一の正解を探すことではないのです。それは、「分からない」のではなく、「存在しない」ことが多いのです。もっと大切なのは、多くのつながりを意識しながら、やってみて、結果を振り返って、学び続けていくことです。最善を尽くして考えて行動して、マインドをオープンにして結果を受け止めて振り返り、修正していく。正解がない時代に求められるのが、この学習だと思います。

にもかかわらず、この学びを阻害するものの1つが、私たちがかつての学校で身に付けた、正解、つまりたった1つの魔法の根本原因があると信じてしまう私たちの思考の習慣だと、ぼくは思います。

最後に、ピーター・センゲがしばしば引用する、ヘンリー・ルイス・メンケンの言葉を紹介しましょう。

For every complex problem, there is an answer which is simple, clear, and wrong.
あらゆる複雑な問題には、答えがある。シンプルで、明確で、そして間違った答えだ。

幻想を捨てて、現実を見つめて、この複雑な時代と付き合っていければと思います。


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