創造的緊張の話
今度来日するロバート・フリッツのことは、ピーター(センゲ)を通じて知った。今もピーターが講師をつとめる「Foundations for Leadership」というワークショップは、Innovation Associates社が作ったプログラム「Leadership and Mastery」を名称変更したものだ。そのコンテンツを作ったのは、ロバートとピーター、そしてチャールズ・キーファーの3人。単純計算すれば、ぼくが愛して止まないあのプログラムの3分の1を作ったのは、ロバートだってことになる。
余談として、とてもピーターらしいのは、ロバートが開発したコンセプトや演習を行うときには、必ず「これはロバート・フリッツが言ってたんだけど・・・」「ところでロバートは天才だから・・・」とその功績を讃える。ピーターのこの態度は、チリの(ウンベルト)マトゥラーナに対しても、(クリス)アージリスに対しても、ピーターにとっては教え子に当たるオットー(シャーマー)に対しても変わらない。「これは○○が教えてくれたんだが」ばかり言ってる。70歳くらいになったはずのピーターは、謙虚な学習者であり続けていて、その点でアラフォーのぼくより若い、えらい。
この「創造的緊張」を、元々考え出したのはロバートだ。ロバートはこれを「構造的緊張」と呼ぶ。「構造」があるからこそ、緊張が解消を求めるエネルギーが生まれるという話だ。一方、学習する組織でシステム思考をあつかう場合に、「構造」という言葉に困惑する人がいて2通りの呼び名が存在している。コンセプトは同じだ。これについて、ちょっとうだうだ書いてみたら、なんだかいい分量になったので、きっとみんな聞いたことのないこともあるだろうし、ちょっと付き合ってみてほしい。
1. 創造的緊張・構造的緊張って何なのか?
単純な話にすれば「ビジョン」と「今の現実」に差があることはすばらしい。なぜなら、その差(ギャップ)から生まれる緊張が解消を求めるエネルギーこそ、私たちをビジョンへと近づけてくれるからだ。そういう話だ。
ギャップがあるから、緊張関係が生まれ、それを解消しようとする力が働く。「これは、構造の話であって、物理の話であって、個人によるものじゃない。人それぞれとか、心の持ちようの話じゃない」と、ロバートが言う。身体が欲するエネルギー量と、現在身体が持つエネルギー量のギャップから生まれるのが食欲だし、飛行機が飛ぶのは、両翼を境界線として、その上面と下面に気圧のギャップが生まれるからだ(知らなかった)。この「緊張(テンション)」と「解消(レゾリューション)」の力学を、構造ダイナミクスと呼ぶ。今度SoLイベントで話してくれる予定。
ぼくらの望むものや望む姿と、今の現実との間にギャップがあるとき、どうやって実現するかさえ分からないビジョンを語ることは苦しい(こともある)。だけど、このギャップがなければ、ぼくらにできることは、ただ現状に甘んじることだけだ。「まあ、こんなもんだよ、そういうふうにできてるよ」。出来上がってしまっている人は、いろんなレベルで存在する。
ビジョンがなければ何も始まらない。現実から乖離していても何も始まらない。ぼくらには両方が必要だ。ピーターのコメントは痛烈。「現実から目を背ける理想家が、ビジョナリーに汚名を着せる。逆に、ビジョンなくただ現実を分析する人をアナリストっていうんだ」。
しまった。このときも同じ画像使ってる。(出典:Kelvy Birdさん)
2. 感情的緊張っていうのもある
ところで、ギャップが大きくて、ビジョンを持ち続けることが苦しいとき、目標を下げてしまえばいいじゃないかって気持ちになることもある。ロバートは、この力を「感情的緊張(エモーショナル・テンション)」と呼び、感情的緊張と創造的緊張を混同しないようにと指摘する。
その理由は、感情的緊張は主に目標を引き下げるはたらきをするからだ。その何が悪いんだ? と思いたくなる気持ちにはもちろん共感する。だって、目標を下げてしまえば、楽になれるもの。でも、楽になることがゴールだったんだっけ?
大切なのは、創造的緊張を生み出すことだけじゃなく、もうひとつ。その緊張関係を維持すること。目指すものと今の現実が違う。その違いを維持し続けて、さらに目標を高め続けて、さらに現実を目標に近づけようとし続けることだ。学習する組織の「自己マスタリー」の中に、リーダーシップとは、ひとつにはこの緊張関係を生み出し、維持することだって書かれてる(ひょっとするとフィールドブックだったかもしれないけど)。
3. つうか、ギャップのことじゃないの?
そしたら、ぼくの頭の中の小人が言う。
「ビジョンって萎える言葉だし、今の現実って、あきらめの言葉なんだよね」。
「その2つの間にギャップがあることなんて、誰でも分かっていることじゃないか。それでも目標を達成しないと給料が下がったりするからさ、こまかく目標設定して、細切れのKPIを見ながらさ、現状を改善しようとしてるじゃないか。そんなの誰でもやってるさ。新しくもなんともない。みんなそんなこと分かってる。でも、なかなか大変なことだから、みんな苦労してるんじゃないか?」(ぼくの脳内の小人は饒舌)
繰り返しになるけれど、「ビジョンと今の現実のあいだに創造的緊張を生み出すことで、緊張を解消しようとするエネルギーを使って変化を創り出す」っていうのが、学習する組織の「創造的緊張(クリエイティブ・テンション)」の話。
すると、いつも質問が出る。
「あの、結局それっていわゆる『ギャップアプローチ』とどこが違うんですか? 目標と現状の違いを明確にして、その差を埋めるための方法を考えるんでしょ?(いつも上司からそうしろって言われてるんですよ)」
動画の中でロバートがこう答えた。「ぜんぜん違うよ。ギャップっていうのは、マドンナの前歯の間にあるアレだ」。
・・・意味が分かんないし、そもそもマドンナの前歯を思い出せない。
考えてみる。今、前歯の間に1ミリの隙間があったとして、毎月0.1ミリずつ隙間を埋めていくと、10ケ月後には前歯2本が隙間なく並ぶことになる。もちろん別にうれしくない上に、歯みがきだってやりにくい。
つまり、緊張構造(テンション)って、結局のところなんなんだ? ぼくらがつまづいているのはここかもしれない。
上のロバートの動画をしっかり見れば、ちゃんと答えを話してくれているんだけど(ギャップっていうのは、何かが「ない」ことで、テンションってのはそこに力があるんだよ、と)、文字で読む方が好きな人や、別の角度からの回答が必要な人のために続きを書いてみよう。
4. 若きピーター、テンション高くテンションを語る
AとBのあいだにあるのがギャップじゃなくて、緊張(テンション)だっていうのがどういうことか? ピーター(センゲ)がこんな話をしたことがある。ベートーベンの運命を鳴らしながら。
動画もある。こんな古いの紹介すると、ピーターは嫌がるかもしれないけれど。
「♪ ダッダッダッダーーーーーン!(大音量)このダッダッダッダーーーーーン(大音量)に続くのは、何か?」
答えは、ダッダッダッダーーーーーンだ。ただし、小音量。
もしも、大音量のダッダッダッダーーーーーンが、そのまま放置されたら、ぼくらはどう感じるか? たぶん、落ち着かない。「ああ、盛り上げるだけ盛り上げておいて、ここで放置するなんてひどい。なんとかオチを付けてくれ!」って言いたくなる。そこには突き動かすようなエネルギーが存在する。これが緊張関係(テンション)だ。
・・・もうちょっと解説しよう。
緊張関係っていうのは、何かがピーンと張り詰めていて、その緊張の解消を求めている関係だ。音楽をやる人なら、メジャーの5度の和音と、マイナーの7度の和音の違いが分かるだろうし、複雑で落ち着かないコードのことをテンションって呼ぶことだって知っているだろう。ピーンと張りつめたコードは、その次にメジャーなコードに収束することで、その緊張関係を解消する。聞き手は、その張り詰めた空気から続く、安定・調和したハーモニーで音楽が終わることで感動を得る。
とっても古いんだけれども、おっとっとのCMで、「オットトトーノ、おっとっと!」っていうジングルがあった。もしこの最後の「おっとっと!」が「おっとっ!」だけで終わっていたらどうだろう?
緊張構造の放置プレイである。聞き手は緊張を解消してほしくてもだえる。これは、感情的な緊張感ではなく、音楽の構造自体が緊張を生み出している(それを聞いて人がもだえるのは感情的緊張かもしれない)。
5. もう少し一般的な言葉で結論に移ろう
構造思考でいうところの緊張と、いわゆるギャップの差は何か。
私たちがギャップを考えるときには「どれだけ差があるか」にフォーカスが当たっていて、前歯の隙間のように「差」が存在しているという事実だけを客観視している。これに対して緊張関係においては、AとBとの間に、ただの「ギャップ」だけでなく、「ギャップ」による「不安定」が存在し、その緊張状態を「解消したい」というエネルギーが存在している。
意味がなんとなく伝わるだろうか? マドンナの前歯のあいだに、解消を求めるエネルギーはたぶん存在しない。もしもあなたにとって、前歯の隙間を思うとき、それを解消したい力が生まれるのなら、あなたにとってはそこにあるのはギャップじゃなくてテンションなのかもしれないけれど。
だから「緊張構造が創り出されるとき、そこには自然と、物理的に、今の状態から調和へ向かおうとするエネルギーが生まれるんだ」。がんばろーぜー。
今日のところは、そんなお話でおなか一杯。
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