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人影
僕は休日の日課で、近所の川沿いの道を歩く様にしている。今日は晴れていて、少し夕方っぽくなった空と太陽が川面に映りこんでいた。
僕には愛する女性がいた。
よくこの道を一緒に歩きながら、空や川面を眺めて歩いた。その彼女を突然の事故で亡くして、もう半年近くになる。今も、この道を歩く度に彼女との思い出が僕の脳裏に蘇ってくる。
悲しいけれど、でもその思い出を風化させない為に、僕は意識的にこの道を歩き続けているのかも知れない。
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「会いたいなぁ…」
川面を眺めながら今日も彼女との事を想い、薄らと汗をかいて歩いていた。
その時だった。僕の目に、何の前触れもなく突如として奇妙なものが映り込んだ。
人影、若い女性の様に見えるが、黒く影の様になってはっきりとは見えない。その女性が川面に映っていた。そして、明らかに僕の方へ手をゆっくりと振っていた。
「ん?」
僕は、影の主を確認しようと目線を上にあげた。
しかしそこには誰もいない。いるはずの人がいない?そんなバカな…。
もう一度川面を見ると、人影はもういなくなっていた。
不思議と怖いとは思わなかった。その人影はなんだかとても懐かしく、温かい気持ちにさせてくれた。気付けば涙が頬を伝っていた。
「そんな筈、無いよな…」
そう呟きながら、僕は家路についた。
帰宅した僕は、汗で失われた水分を補給する為に冷蔵庫から取り出したスポーツドリンクを、ゴクゴクと一気に半分程飲み干した。
「ふぅ、生き返るなぁ」
そう呟き、今の椅子に座りテレビのスイッチを入れた。ちょうど午後のニュースをやっていて、キャスターと何か学者っぽい男が、何かについて話していた。
「この現象は世界各地で確認されているんですか?」
「えぇ、各国の至る所から報告が入っています。いずれも、強い思いを抱いていた対象について起こっている現象で、その対象が既に死んでしまっているのが特徴です。」
「その死んだ対象が、何らかの形で自分に会いに来てくれたと?」
何の話をしてるんだろう?超常現象の類いの番組かな?怪しみながらも僕は少し興味が湧いてきて、そのニュースを見続けた。
「そうです。例えば、最愛の妻を亡くした夫の前に突然人影が現れる様になり、それが死んだ筈の妻だったというんです。人に限らず、長年飼っていたペットが現れたという報告例もあります。」
「会いたいと思う気持ちが強いあまり、幻覚を見ているという事はないんですか?」
「1人、2人程度であればそう考えられなくも無いのですが、この報告は百単位で上がってきていまして、簡単に幻覚で片付けられないところがあります。集団ヒステリーにしても、何の繋がりもない世界各国で同じ様な事を体験する人が現れる事は、偶然の範疇で収まり切らないのです。」
僕は、テレビの画面に釘付けになっていた。
「さっき僕が見たものは、彼女だったんだ。彼女が会いに来てくれていた!また会えるんだ…」
気がつくと、テレビはそのままに僕は家を飛び出して、あの川面へ向かって走っていた。
また彼女と会える!その嬉しさで、目から溢れ出る涙を抑えきれなかった。
「ずっとこれからも彼女と一緒だ!」
息を切らしながら、僕は幸福感を携えて彼女の元へ全力疾走していた…。
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部屋の中では、消し忘れられたテレビの中でキャスターと学者が話を続けていた。
「その人達は、その後も亡くなった対象と定期的に会い続けてるんでしょうか?」
「そこなんですが、実はその人達はいずれも消息不明となっているんです。身内や家族からの捜索依頼が警察に上がってそれが発覚したんですが、その捜査過程で、消息不明となった人々が一様に"死に別れたあの人に会いに行く"と漏らしていたらしいのです。」
「誘拐の類いなんですかね?それとも何か私達の理解を超えた超自然現象なのか?もしかすると神隠し的に連れ去られてしまったのか?」
「分かりません。会いに来た影が本当にその亡くした対象なのかさえ。もしかすると、その姿を借りた別の何かかも知れません。一つハッキリしているのは、会いに行った彼らは誰一人見つかっていないという事です。生きているのか、死んでいるのか…。今後もこの現象は拡大するものと思われますので、視聴者の皆さんも、亡くした相手の影を目撃しても絶対に会いに行かない様にして下さい。」
「そうですね。皆さん、くれぐれも影には近づかない様に…」
キャスターがそう言いかけたところで、青白い女性の手がテレビのスイッチを切った。
プチン…
テレビの切れる音が部屋に響いた後、誰もいない部屋の中は静寂だけが漂っていた。
そして、その部屋に「僕」が戻ってくる事は2度となかった。
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