秒速5センチメートルはバッドエンドか?「秒速5センチメートル」を読む。【俺の新海誠論】
「秒速5センチメートル(以下、秒速)」はハッピーエンドかバッドエンドか、みたいな論争があります。
しかし、そこに囚われてしまうといつまで経っても明確な答えは出てきません。
何故なら、ハッピーエンドかバッドエンドかは個々の捉え方によるからです。
本当に着眼すべきは「秒速がポジティブな作品である」という点でしょう。
どういうことか「秒速」のラストシーンを引用して解説していきます。
上記は「秒速」のラストシーンですが、読み解くべきポイントはただ一つ。
貴樹の体の向きです。
初めは視聴者から見て右を向いていた貴樹でしたが、最後に振り返って反対方向ーー左を向きますよね。
富野由悠季監督の著書「映像の原則」でも触れられておりますが、映像というものにはルールが存在し、登場人物の進行方向が左の場合はポジティブ(立ち向かう、未来へ向かう、生)、右の場合はネガティブ(逆らう、過去へ向かう、死)を表します。
例えば「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」を見てみましょう。
ドイツの空港でアベンジャーズたちが対立するシーン。
目的地を目指すキャプテン・アメリカたちは左(ポジティブ)を向き、その進路を妨害するアイアンマンたちは右(ネガティブ)を向いています。
こちらは「イージー・ライダー」の冒頭。
(キャプテンアメリカ繋がりで 笑)
ステッペンウルフの「Born to Be Wild」に乗せ、ピーター・フォンダとデニス・ホッパーが自由を求めて旅に出発する、この疾走感溢れるオープニングシーンは画面進行方向左(ポジティブ)です。
また「推しの子」でアイが殺害されるシーン。
こちらも絶命寸前のアイは視聴者から見て右(ネガティブ)の方向を向いていますね。
「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」でも死んでしまうステラは、やはり右(ネガティブ)方向でした。
このような映像の原則に照らし合わせると「秒速」のラストシーンにおける貴樹の方向転換は「明里という過去(右)に囚われることを止め、未来(左)に進んでいく」ことを示唆し、表層的には非常にポジティブなエンディングであることが分かりますね。
これを貴樹の成長と捉えればハッピーエンドな気もしますが「結局明里と結ばれることはなかった」という観点からすれば、バッドエンドと取ることもできるわけで。
表層的にはポジティブだけど、本質的にハッピーエンドかバッドエンドかで言えばどちらとも言えないアニメ。
それが「秒速」です。
このあたりの自由度の担保こそが、本作の最大の魅力であり、繰り返し観たくなる理由の一つなのでしょう。